食べることのご利益

どこかのテレビで「たんぱく質が体にいい」と言っていた。ところが別の番組では「たんぱく質は腎臓病の原因だ」と言っていた。だから何なんだ?
人はたんぱく質を摂らなければ死んでしまう。たんぱく質なら鶏の胸肉がいいと言う人がいる。いやいや魚がいいという人がいる。植物性だから(?)大豆が一番だという人もいる。何だかわからないが全員が言うことが違う。これが「多様性」ということなのか。よくわからないが、きっとそれぞれにいいところも悪いところもあるのだろう。

でもどれだって少しは食べなければ健康を害する原因になるだろう。結局は食べすぎたり食べなかったりすることが一番悪いと思うのだ。それにボクは今、重篤な病気を持っている患者ではない。もちろん病気になるのは嫌だが、今、病人と同じものを食べるつもりはない。それでも世の中の健康番組は病人と年寄りを基準に作られている。世間の話題も病人と老人を基準に語られる。あれは食べない方がいい、これを食べなきゃ長生きできない…。べつに無駄にダラダラと長生きするなら、長生きなんかしなくてもいいのだ。

でも周りでそんな話ばかりが聞こえてくるとちょっと心配になるときもある。いや、自分の身体がではない。そんなことばかり言っている人の精神状態が、である。そんなにいつも健康のことばかり考えていて楽しいのだろうか。しかしそんなことを言っている割にはしょっちゅう体に悪そうなものをのべつ幕なしに食べている。それなのに健康診断の前の1週間だけは食べるのを控えて検査に引っかからないようにするらしい。それで「今まで引っかかったことがない」のが自慢なのだという。試験前の一夜漬けみたいなものだが健康診断は試験ではない。その時だけ数値が良くて”合格”しても、検査が終われば再び暴飲暴食が始まり、誰にも知られないがその時の数値は不合格点になっているかもしれない。まぁそれでも本人がいいというのなら構わないのだろう。1週間だけでも健康な生活ができたのだからやらないよりはいいということだ。

それにしても、である。大学入試なら入学試験をパスしてしまえば、あと最低4年間は安穏と学生生活を送ることができるが健康診断をパスしてもその先の健康どころか今、自分の身体がどんな健康状態なのかすらわからないわけだ。それでは健康診断の意味がないばかりかこの先の健康を維持していくための指針すらわからないことになる。そんなことすらわかっていないのに「あれは体に悪い」「これを食べなきゃ長生きできない」などと吹聴する神経状態が心配なのである。そんなことすらもしかしてわかっていないのかもしれない。

「病院で受けた検査の結果を聞くのが怖い」という人も同じだ。自分が結果を聞こうが聞くまいが結論は出ているのだ。本当はガンだったけど自分は結果を聞かなかったからガンではなくなったなどということはない。早期診断、早期治療というのは早く結果を知って早く治療を始めなさいということだ。結果を聞くのが遅くなれば治療を始めるのも遅くなる。身体の具合は悪いけど検査を受けるのが怖いから病院に行かないなどというのは、治療を諦めているのと同じことだ。異常がなければそれで無罪放免になって終わりなのにである。

まぁいい、所詮は他人の話だ。

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