日本一有名な歌手

アイドル歌手やロック歌手、演歌歌手など日本で活躍する歌手はたくさんいるが、おそらく日本人のほぼ全員が知っている歌手はこの人だけなんじゃないかと思う。しかも知っているのは名前ではない。その人の歌った歌を聞いたことがあるのだ。しかしその名を知っている人は少ない。

その人の名前はミネハハさん。 神奈川県横須賀市出身で本名を松木美音さんという。先日「マツコの知らない世界」という民放の番組にも出ていたが、主にCMソングばかりを数千曲も歌っている割には名前も顔も知っている人は少ない。ボクは今でも「♪グリコ♪」や「♪ジェイアール東海♪」などのとても短いジングルのようなフレーズを聞くと「頑張ってるなぁ」と思うのだ。いくつかの作品をまとめた映像があったので、せっかくなので紹介しておく。

https://www.youtube.com/watch?v=gkkVkUIa1g0

ほとんどの曲が「あっ、聴いたことある!」と思ったのではないだろうか。サロンパスの「ヒサミツ」「コーヒギフトはAGF」「サッポロ一番味噌ら~ぁメン」「フジカラーで写そ」などはそれこそ何千回も耳にしたに違いない。ほんの短いフレーズでタイトルも知らないがたぶん忘れてしまうことはないだろう。子供の頃からずっと流れているものもあればいつの間にか消えてしまったものもある。しかしひとたびそのフレーズを耳にすれば”あの頃”の出来事が鮮明に浮かび上がってくるのが不思議だ。音楽にはそんな力がある。だからいつの時代になっても曲は変わっても懐メロは人気があるのだろう。

最近映画で人気が復活しているイギリスのロックバンド・クイーンもボクらにしてみれば懐メロだ。今から40年ほども前になるがボクが高校生の頃には一世を風靡した。その頃ブラスバンドでは最初の演奏会に向けてマンボやルンバ、ボサノバなどのラテン音楽の練習をしていた。ボクらの世代にとってラテン音楽はまだ誰も聴いていない最先端の音楽だったがボクらの親の世代にとっては懐メロだったらしい。ボクが生まれる前の昭和30年代には日本中でラテンブームがあったのだという。だからどこの家にもレコードの1枚や2枚は残っていた。だからうちの実家でセルジオ・メンデスやアントニオ・カルロス・ジョビンのレコードを見つけた時には「日本では過去に何があったのか!?」と衝撃を受けたものだった。しかしオフクロには「あんた達は今頃ラテンなんか聴いてるの?遅れてるわね」などと小バカにされていたのだった。

ミュージシャンにもあるとき急に人気が出て有名になる人がいる。一時は学生の間で流行した日本のフォークソングでいえば、オフコースや中島みゆき、荒井由実(現:松任谷由実)、松山千春、さだまさしなどなど、デビュー間もない頃は部活のフォーク部員の間でも一部のマニアにしかウケなかったものが、あるときヒット曲をとばし全国に飛び立っていくのだ。すでに「神田川」でヒットしていた”かぐや姫”を除けばほとんどが無名なミュージシャンだった。そんな時にヒット曲を出してメジャーになると、自分だけが大切に育ててきた(そんなことはないのだが)娘が結婚して(まだ中学生だったので娘だっているはずもないが)独り立ちしていくような一抹の寂しさを感じないではいられなかった。その後歌謡界でビッグスターとなって未だに活躍しているサザンオールスターズだって、最初の頃は細々と学園祭廻りをしていていたのだ。

最近ではテレビの歌番組もなくなり誰もが知っているような”国民的歌手”もいなくなってしまった。しかし今の子供達だって間違いなく好きな音楽はあり贔屓の歌手やミュージシャンはいる。国民全員が同じ方向を向いていないから趣向が分散しているだけで大流行がないからといって音楽が衰退してしまったわけではない。

昭和には昭和を代表する音楽があり、平成にもそれなりに「あぁ、あの時の曲!」という音楽がボクらの耳に心に残っている。平成が終わって次の時代になったからといって音楽が急に変わってしまうわけではないだろうが、これからの子どもたちはどんな音楽に心を寄せて育っていくのだろう。その時の一瞬の思い出とともに素敵な音楽をを心に刻んで欲しいと思っている。いつの日か歳を重ねた時にしんみりと懐メロを聴けるように。

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