江戸いろはかるた

子供の頃の雨の日の遊びといったら何だったろうか?人生ゲーム?野球盤?トランプや花札もあった。しかしカルタとりをやった覚えはあまり残っていない。カルタは2人で競い合うものだがもう一人、読み手が必要である。読み手は競技に参加できない。いや大切な役どころなのだが勝ち負けがつかない、遊びの中ではいわゆる味噌っかすのようなものである。そんなこんなで誰も読み手になりたがらなかったから子供の遊戯としての人気がなかったのかもしれない。

群馬県には「上毛かるた」というものがあるらしい。第二次大戦中に作られたというからそれなりに古いものだが、残念ながらボクが群馬の上毛に住んでいた頃にはお目にかかることがなかった。読み札には「鶴舞う形の群馬県」などがあってすべての札が群馬に関係しているのだという。聞いた話では群馬県民の間ではかなり浸透しているらしく「上毛かるたを知らないのは群馬県民ではない」とまで言われているらしい。

ボクの実家にはなぜか「江戸いろはかるた」というものがあった。ご存知「犬も歩けば棒に当たる」から始まる例のやつである。読み札には「論より証拠」や「花より団子」「負けるが勝ち」など今でもおなじみの古くからの格言やことわざが載っていた。「老いては子に従え」や「良薬口に苦し」などの戒めもある中に「臭いものには蓋」という読み札があった。自分に都合の悪いものは見ないようにしてその場をやり過ごすというような意味だ。これも人間の悪い癖を戒めるという意味では同じことなのだろう。

先日、AKB48シリーズのNGT48というアイドルグループで問題があったらしい。新潟で活動しているアイドルなのだという。事の真相はよくわからないのでここでは触れないが、その後の大人たちの対応をニュースなどで見ていると、まさに今でも「臭いものには蓋」の風習が残っているのだなと感じた。面倒なことからは目を逸らし、問題の真相を明らかにする前に「問題を起こした」と思われる対象を全部まとめて排除するようなやり方である。ある意味でトカゲがしっぽを切り落とすようなやり方だ。

これは一般に民間企業でも官公庁でも、あらゆる組織という組織で横行してきた悪しき風習だ。「悪を正す」とまでは言わないまでも何かの不都合を改善しようと声を上げた人を、自分たちにとって小うるさくて面倒くさい人間だと感じたトップや上司が報復人事などで仕返しをして排除しようとする動きである。「出る杭は打たれる」というわけだ。嫌な奴を追い出してしまえば「喉元過ぎれば熱さ忘れる」のだ。そんなことをされれば声を上げた人やこれから声を上げようと思っていた人まで、周りの人たちは「骨折り損のくたびれ儲け」とばかりに「知らぬが仏」を決め込む。追い出した方は庶民に向かって「身から出た錆」だと言いふらす。もはや自浄作用は働くわけがない。

「 憎まれっ子世にはばかる 」世の中は嫌なものであることよ。

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