プロフェッショナル

「プロフェッショナル~仕事の流儀」というNHKのテレビ番組がある。いろいろな分野で活躍している人のサクセスストーリーを語り、独特の経営手法や職人技、技術開発、難病治療への考え方などを通してプロフェッショナルとしての仕事への取り組みを紹介する番組だ。その中にはNHK側の過剰な思い込みやお涙頂戴の物語に仕上げるための演出も含まれているが、ボクがいつも興味を持って見ているのは番組の最後にその人に向けられる「あなたにとって”プロフェッショナルとは?」という質問だ。

誰だって大人なら何かの分野でプロフェッショナルである。サラリーマンだって商店主だって社長だってそれでお金をもらっている以上はプロフェッショナルだ。先の質問への答えは「自分に与えられた仕事を淡々とやり続ける人」だったり「お客様に最高の満足を届けられる人」だったり「相手を幸せにすることに全力を尽くせる人」だったりと様々だ。人それぞれに目指しているものやその仕事を始めたきっかけも違うのだからその仕事への取り組み方や深さも変わるだろう。

また人の命を左右するような仕事なら責任感も他の仕事に比べればシビアなものになるだろう。一歩間違えれば取り返しのつかないこともある。漆塗りの上に絵を描いたり硝子の切子のように削ってしまえば元に戻すことのできない作業もある。パソコン仕事のように何度も簡単に書き直したり、やり直しができるような仕事とは緊張感も比べ物にならないほど強いに違いない。だからといってやり直しができる仕事が劣っているとは思わない。

何度でもやり直せるから気軽なわけではない。何度でもやり直せるから完璧を目指さなければならないこともある。「なぜこんなものを人前に出せるのか」「なぜやり直さないのか」と感じることもある。「面倒くさいから」「時間がなかったから」「そんなにちゃんとしなくてもいいと思ったから」…。口ごたえはいくらでもできる。しかし自分が「ここまでできればまずまずだろ」と思って表に出したものが「こんなものを出して恥ずかしいと思わないのか」と言われることもある。合格点のレベルは人それぞれに大きく違っている。

「恥ずかしくないのか!」と言われたとき、自分の目指していたレベルが低過ぎたことに後悔する。もう一度それを見た時に自分は「本当にいいものを作った」と思ったのだろうかと問い直してみる。時には「もっと頑張ればできたはずだ」「自分の限界はこんなものではない」ともう一度挑戦する意欲が湧いてくることもある。そして次にやり始めた時には簡単には妥協できない自分がいる。終わるたびに「本当にこれでいいのか」と自問自答するようになる。

しかし「これが最高だ。もうこれ以上俺にできることはない」と思ったものを「これがお前の実力なのか」と否定されれば「そうさ、これが俺の限界さ」と開き直りたくなる。でも冷静になってもう一度考えた時、「本当に自分はこれ以上のことはできないのか」と思う。もっといいモノを作るために他の方法があるのではないかと思う。ここまでやってきた自分ならもっと高いものを作れるはずだ、と思う。まだまだ工夫が足りなかったのだと思いなおし、今までのやり方を違う方向から見直してみる。

ある日「やっといいものができたな」と言われる時がくる。しかしその時「俺が目指していたものはこの程度のものだったのか」と自分に問い直すことになる。俺の上限を他人に決められたくなどない、と思う。俺の限界は俺が決めるのだ、と。

そうやって人は自分自身が作った壁を乗り越えていく。工夫に限界はない、努力にも限界はない。限界を作るのは自分だが限界を取り払うのも自分だ。

プロフェッショナルとは?

自分に限界を作らずに死ぬまで前向きに生きていく人間のことだと
今はそう思っている。

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