マスクをしたまま話すこと

風邪などの感染症予防やのどの乾燥防止のために特に冬場は常にマスクをつけている人が増える。駅でも電車の中でも職場でも病院でもバスやタクシー・電車の運転手も、接客業などでもマスクをしっぱなしの人は多い。接客業は特に感染の確率が高いのでマスクを外せとは言わないが、マスクをしたままだと話がよく聞き取れないことが多い。口元が見えないうえに声が小さく不明瞭になってしまうので周りの人たちも何度も聞き返している。

日常的にマスクをつけている人はまだしも慣れないマスクをつけ始めたばかりの人は、普段でもボソボソと小さな声で話すのにマスクをしてしまうと話しているのかどうかすらわからないほどだ。それでいて「ちゃんと話を聞いてください!」とばかりに不機嫌になる。自分がマスクをつけているのならせめて大きな声ではっきりと話してもらいたいものだ。それは接客業を仕事とする者にとって当たり前のことではないだろうか。

今の世の中、自分の仕事に自覚を持っていない人を見つけるのは難しいことではない。レストランに行けばホールのウォッチもしないでパントリーに引っ込んだままおしゃべりに興じているウエイトレス、オフィスのデスクでプライベートのスマホばかりを眺めて一向に仕事をしようとしない人、自分の部署が責任部署であるにもかかわらず障害者雇用の数を水増し報告する厚生労働省の役人などなど、呆れて開いた口が塞がらない。

マスクをしたまま普段と同じようにしゃべる人を見ると、ヘッドホンをしたまま大声で話す人のことを思い出す。ヘッドホンやイヤホンをしていると自分の話している声の大きさが分からずに自然と大声になってしまうのだ。つまり自分の置かれた状況を理解していないのである。しかもその状況を作り出したのは他でもない自分自身なのにだ。

自分が他の人からどう見えているのかなど常に気にしている必要はないと思っている。そんな事を気にしすぎると他人の評価ばかりが気になってしまうからだ。ボクは別にすべての人に好かれようとは思っていない。どう見られているかは気にならないが迷惑をかけていないかどうかはある程度気になる。「人のふり見て我がふり直せ」だ。他の人のいい行いを見れば自分も真似しようと思い、悪い行動を見たら自分は気をつけてそうならないようにしようと思えばいい。

他人からどう思われているのかばかりを気にしていると自分の行動に自信が持てなくなってくる。しかし自分がいいと思っていることでも常に考え続けて「これは本当に良い行動なのか」と見直すことは忘れてはいけない。人は常に新しい情報に触れている。あるときには「いいこと」だと思って始めたことでも新しい知見を知ることで「あまりよくない面」を知ることもある。

魚をたくさん獲ることは漁業の発展と漁業者の生活やそれを食べる消費者にとっては良いことだが、漁業資源の保護や生物の多様性にとってはマイナスの面もある。だから絶対にどちらかの道を選べということにはならない。世界はすべてを白か黒かで決められるほど安っぽいものではないのだ。白と黒の間には無限の連続的な色の変化があるのだから。

ある時は黒っぽい赤だがまたある時は明るい緑に、垂れこめた雨雲のようなグレーになることもあり、抜けるような空の青になることもある。いつだって1か所にとどまっているわけではない。もっと心を柔軟に持つことができれば新しいアイデアだって思い浮かぶかもしれないのだから。

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