ボクがBLOGを書くわけ

去年の12月から書き始めたBLOGも今日で1年になる。当初は週に一度だけ更新していたが思うところあってできる限り毎日書くように心がけている。もちろんその中身は基本的に自分が思ったことを書いてきたが特に書いた考えにこだわっているわけではない。その時の気分でそう思っただけのこともあるし時が経ったら考えが変わることもある。だからボクの書いたことが正しいなどというつもりも毛頭ない。

ただこんな何でもない無名な人間でも自分の考えていることを表明していいんだと思えれば、それが呼び水になって色んな人の意見を聞くことができるようになるかも知れない。誰かがものを考えるきっかけになれば面白いなと思っただけだ。大げさに言えばそれが多様な考えを認め合う社会の醸成に少しでも繋がればいいと思ったわけだ。いやそれほどに思ってはいない。

大切なのは考えることだと思っている。何に対しても無感情で漫然とするのではなく無理にでも何かを考えてアクションを起こすことだと思っている。世の中にはいろいろな情報や考え方がある。それに対してただ受け入れるのではなく「本当かな?」と疑問を持つことでちょっと深いレベルでものを考える習慣がつくのではないかと思っている。

人それぞれに考えることは違う。信じているものも違うし価値観も違う。自分が大切だと思っていても他の人はそれほどにも思っていないことなどいくらでもある。プロ野球やJリーグに夢中になれる人もいれば鉄道やアニメにしか興味のない人もいる。人は本当にそれぞれが違っている。

考えが違うといさかいを起こす人もいる。暴力や権力で服従させようとする人もいる。しかし大昔から言われているように人の考え方を無理やり変えることはできない。古代ローマ帝国は当初「多神教」だったという。どんな宗教でも受け入れて包み込む多様性を持っていたという。だからこそ長きにわたって多くの国や民族を支配下に置いた大帝国を維持できたのではないかと思うのだ。

今、世界中で起きている紛争の多くは民族紛争と宗教紛争だ。もちろんそれらに名を借りた権力紛争はいくらでもある。しかし名目は民族と宗教であることに変わりはない。他の人の立場や考えを慮ることができないふりをして暴力に訴える。とばっちりはいつも一番弱い人たちのところに廻ってくる。

だから何事にもいつも疑問を持って考え続けることをやめないでいようと思う。そしてできるだけたくさんの人にも「何事にも疑問を持って考えること」を忘れないで欲しくてこんな駄文を書き続けているのである。というのはキレイゴトで単に文章を書くのが楽しいだけだったりする。

そして小さなことであってもまずは行動することから何かが始まると信じている。

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