ミーハーを相手にする商売は長続きしない

今までもたくさんのブームがあった。ボクが学生の頃にはディスコブームがあったしユーミンが火を点けたサーフィンやスキーもブームになった。キャンパスではたくさんの女子大生がテニスラケットを片手にフィラやエレッセのポロシャツを着ていた。ファミコンはテレビゲームの火付け役になり今も続くゲーム文化に繋がったがもはやブームではなく一つの文化として世界中に広がった。

ブームとは英語のboomで「腕」を意味する。胴体から長く突き出たアーム(まさに”腕”)や棒などのことで、そこから「一時的に急激に流行ったもの」のことをブームと呼ぶようになったことはご存知だろう。腕(ブーム)は部分的には突き出ているがその範囲は非常に限定的だ。韓流ブーム、トレンディドラマブーム、(平昌オリンピック後の)カーリングブーム、ハワイ旅行ブーム、焼酎ブーム、ワインブーム、ラーメンブーム(全体としてラーメン人気は衰えていないが1つの店の人気が続くことは少ない)。期間の長短はあるがいずれは下火になって沈静化する。そのまま廃れて消滅してしまうものもあれば以前のレベルに戻って息長く細々と続いていくものもある。

ほとんどのブームは急激に流行るが同じように急激に冷めていく。そして元のレベルに戻ればあとになって「あのブームは何だったんだろうね?」と言われるが、一方で終わらないブームになることもある。それはもはやブームとは呼ばない。「急拡大」だ。それは今の「携帯ゲーム」であり世界的な「アニメ」であり全国的なレベルでいう「ラーメン」などである。

「アニメ」は国民的ブームにこそならなかったが、海外では小さなブームになってある程度「日本の文化」として受け入れられている。「携帯ゲーム」は最初の「ファミコン」からは形を変えたがスマホや携帯ゲーム機として既に国民的に受け入れられているといってもいい。電車に乗って隣りに座っている女子高生はたいていスマホゲームをやっている。全国的にみれば「ラーメン」ももはや文化と言ってもいいレベルだろう。

そう、ブームの終わり方には2つある。単にその「流行」が終わることと、もうひとつはそれ自体が「文化」になることだ。一度「文化」になったものは簡単には廃れない。それに替わる圧倒的に魅力的な何かが出てくるまでは続く。しかしそんなことはめったに起きない。今のスマホだって新しい何かが出てくれば「過去の遺物」になってしまうだろう。かつてのポケベルやガラケーがそうだったように。しかしそれが一時的にでも普遍的な「文化」として受け入れられるのは奇跡といってもいいほどの確率だ。

ブームは長かれ短かれ終わってしまう。波は海岸に打ち寄せれば終わる。永遠に”波”に乗り続けることはできない。だから安易にブームに乗ってはいけない。

ごく短期的にみればブームに乗って多少は売上を上げることはできるかもしれない。しかしブームになったようなことは他の多くの人もやろうとする。いまブームだと言われているお店に長蛇の行列ができるように。多くの人が参入すればたちまち価格競争やサービス合戦になって利幅は小さくなる。そして結局は同じようなものばかりになってお客には飽きられる。そしてブームは終わり本当に好きな人だけが残る。仕掛けられたブームはそもそも本質的な魅力に欠けているからその多くが消滅する。

ブームを起こすには莫大なカネと運が必要だ。どんなにデータを分析してもブームを予測することはできない。ブームが起きるまでに何十年という時間がかかることもあるしそれでもブームにならないこともある。かと思えば数ヶ月で大きな流行になることだってある。データの量が多すぎるのだ。予測不可能だ。予測できるとしたら「起こっていること」と「その結果」を膨大なデータで結びつけるAIである可能性が高いがその確度は低いのではないかと思っている。もちろん人間にはできない話だ。

自らブームを起こしたりブームそのもので商売できないならその周辺を狙ってみてもいい。古い話だがアメリカでゴールドラッシュが起こった時、金鉱山に集まる人々に向けたジーンズを売って大儲けをしたEDWINの話は有名だ。「ゴールドラッシュで一番儲けたのはジーンズ屋だ」とはアメリカで有名な笑い話になっている。ちょっと前ならガラケーに付けるストラップで稼いだ人もいた。今ならさしずめスマホケースだろうか。もっとも最近ではブームの周辺にも一攫千金を目論んで多くの人が押し寄せるようになった。これはもうひとつのブームと言ってもいいだろう。

とにかく安易な気持ちでブームに近づくのは慎重になったほうがいいと思うのだ。

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