売り手の目線とお客の目線

久しぶりに山歩きに行ってみる。ハイキングに来た人たちは汗を流して苦しそうな顔をしながら一生懸命に山を登っている。息も乱れ足の筋肉はプルプルしている。山道を下ってくる人に「コンニチハ」と挨拶をしながら「あとどれくらいですか?」などと訪ねている。体は苦しい。だが本人は決して楽をして山に登りたいわけではない。

誰かに物を売ろうとする人はお客が何を欲しがっているのかを考えようとする。山道で苦しそうな顔をして歩いている人を見るとハイカーが「もっと楽に登れるようにロープウェイを作ればいい」などと考える。「山頂の景色を眺めながらくつろげる絶景のカフェを建てたら喜ぶだろう」などと考える。もちろん楽して山頂の景色だけを楽しみたい人には喜ばれるかもしれない。しかしハイキングに来た人たちはそんなことをして欲しくないと思っているし自分とは相容れないと思っている。自分の足で苦労して登った山のてっぺんで、壊されていない自然の景色を見ながら持参したパーコレーターで淹れたコーヒーを自分のマグカップで楽しみたいのだ。

お客をたくさん呼ぼうと思うとそれだけで「いかに儲けるか」ばかりに意識がいってしまう。来たお客にいかにおカネを落とさせるかばかりを考えて新しい施設を作り、テーマパークやアミューズメントパークを作ることばかりを考えてしまう。もちろんそれもいいだろう。しかしそんなことをすれば元からその場所が好きで何度も足を運んでいた人たちには興ざめで、もう来ようとは思わなくなる。一頃のテーマパークブームの末に残った負の遺産のことを思い出す人はどれくらいいるだろうか。一過性のブームはあくまで一過性でしかない。

新しいものでお客を呼び寄せるのも一案だろう。しかしほとんどの場合は一回かもしくは数回で新規のお客には飽きられてしまう。永続的に成功しているのはTDL(東京ディズニーランド)などごく一部に過ぎない。永続的にお客を呼び寄せるには常に新規営業を全力でやっていかなければいけない。もしくは常に新しい企画を追加していかなければならない。TDLだってオープンからまったく変化しなかったとしたら今のような人気が続いていたかどうか大いに疑問だ。

一方で最近話題になっているのは「ファンを作る」というやり方だ。地域や商品が元々持っている”お客から見た魅力”を壊したり変えてしまうのではなく、その魅力をさらに磨いて(ゴージャスにするという意味ではなく)お客の満足度を上げてさらに好きになってもらい、何度も何度も来てもらう、買ってもらうというベクトルである。

新しく贅沢で豪華なものを作るよりも今ある公衆トイレを徹底的にきれいに掃除してお客に快適を提供したり、常に公衆トイレを掃除しておくことで「トイレがとても快適に使えるところ」という評判を得たりするわけだ。そこには「ずっと変わらない」ことこそが魅力になることがある。「懐かしさ」も人の心を揺さぶる大きな力になる。それが魅力を失うことなく素晴らしい状態で保たれていることは新しく何かを建てることよりも魅力的であることが多いのだ。

大きな「道の駅」を作るのもいいが今まであった町の商店街を整備して周辺の空地になってしまった土地に駐車場を整備し、中途半端でもいいから昭和の古い商店街の風情を味わってもらえるまちづくりをする、などだ。しかしそのためには”ただ変わらない”だけではダメだ。今までのお客を惹きつけてきた魅力を磨きガッカリさせていた要素を魅力に変えていく工夫をしなければいけない。
もしそこで古い商店街の魅力を十分にお客にアピールできないのなら新しく贅沢で豪華な施設を作ってもすぐに廃れてしまうだろう。地域に暮らす人々が一丸となって「箱物」ではない血の通ったまちづくりをしなければまた同じことを繰り返して人はすぐに離れていく。

新しいものにすぐに飛びついてはすぐに去っていくブームが好きな大勢の人に全力で新規営業をし続けていくのか、あまりおカネは落とさないが地域や商品のファンになって好きになって何度も来てくれる買ってくれるお客を育てるのか。自分たちはどちらをターゲットにするのか?
それを最初に決めなければいけない

何かを”売ろう”と思っている人が「お客は何を欲しがっているか」と考えると考え違いをする。「自分が客だったらどうしたいか」「自分が客だったら何が欲しいか」と考えなければお客の気持ちはわからない。
「どうしたら(お客に)売れるか」
ではない。
「どうしたら(お客が)欲しくなるか」
なのである。主語は常に”お客”であることが重要だ。

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