点字ブロックの上でポケモンをやるオヤジ

うちの近くには盲学校がある。家の前の歩道を白杖を突いた人が歩いていた。視覚障害者にも障害には程度があって極度に視力が悪くてボンヤリとしか見えない人から全く光すら感じられない全盲の人まで様々だ。とはいえ裸眼で普段の生活にも困っていないボクからみれば、すべての視覚障害者は本人が自覚しているか否かは別として日常の生活に何らかの苦労があると思っている。

その人は時折手で周囲を確認するものの足取りもしっかりしていたので全く視力がないわけではなさそうだったが、割と重度の障害を持っているように見受けられた。「どこまで行くんですか?」と尋ねると「この先の工場まで行きます。大丈夫です」と答えた。その工場までは1kmほどの距離はあるが直線の道で歩道も点字ブロックもあるので慣れている人なら問題なさそうだった。

ボクも同じ方向に向かっていたのだが本人が「大丈夫です」と言って普通に歩いていたので少し離れて後ろを歩いていた。いくつかの交差点で横断歩道を渡り大きな公園の前に差し掛かった時、5mほどの広さのある歩道の隅に設置されている黄色い点字ブロックの上に自転車を停めてスマホゲーム(恐らくはポケモンGo!)をやっている中年男性がいた。ボクの前を歩く白杖の人は点字ブロックの上を歩いている。白杖で地面に触れながら歩くのでそれなりに音もしている。自転車の男性も流石に気付いて自転車を移動させるかと思っていたが、一瞬視線を上げたもののゲームを続けている。最後には白杖の人が自転車にぶつかって止まった。しかしゲームをしている中年男性は白杖の人を睨みつけたまま動こうとしない。白杖の人は男性に謝りながら自転車を避けて歩いていった。一体何が起きているというのだ。

普通の、ひとりでスマホゲームができるような大人の日本人なら白杖を手に歩いている人がどんな人なのか知らないはずはない。しかも明らかに相手のことを見て認識しているのに点字ブロックの上から動こうとしない。歩道の幅は5mもあるのにだ。こんな状況を目の当たりにしてボクは「もう日本はダメかもしれない」と思った。

いい年をしたオヤジがスマホゲームをやるために自転車を停めてはいけない点字ブロックの上に堂々と自転車を停めて、視覚障害者の邪魔をしていることにも気付いているのに動こうともしなかったのだ。今の日本人の大人の姿をまざまざと見せつけられた思いがした。こんな大人を見てこれからの子供は大人になっていくのである。世間ではゆとり教育がどうのと騒いでいる人達もいるが、まずは大人の根本的な人間としての性根を見直すべきなのではないかと思う。

ボクらは子供の頃から「困った人を見たら手助けしよう」とか「人に迷惑をかけないようにしよう」などと言われて育った。たぶんほとんどの大人もそう変わらないだろう。しかし現実はこうなのだ。困っている人を見ても何とも感じない人、自分のことだけしか考えない人、周囲に気を配れない人、全部いい歳をした大人がやっていることだ。人の役に立たなくてもいい。せめて人の迷惑にならないように生きることはできないのか。

子供が悪さをする時には自分でも”悪いこと”だと分かっていてわざとやることが多いが、大人は自分が悪いことをしていることにすら気付いていないのだ。

子供には躾もするし学校もある。
しかし大人には誰も注意してくれない。
もう日本は本当にダメかもしれない。

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