だってタダなのよ!

先日、ファストフード店で台の上に置いてあった紙ナプキンをそれこそゴッソリと持ち帰ろうとしている”ママ”を見かけた。昭和の時代にはこんな人がたくさんいたのだが最近では一般のマナーも向上してきて見かけることもほとんどなくなっていたので「まだいたのか!」と少々驚いてしまった。

ボクが若い頃に暮らしていた横須賀には米軍関係者やその家族も多く暮らしていたので街に出ればアメリカ人のオバちゃんが店に置いてある紙ナプキンをドバドバと使って子供の口の周りにベットリと付いたケチャップを拭いている姿は普通に見られたが、それをゴソッと持ち帰るようなことはなかった。逆に日本人のそんな姿を見るにつけ「まだ戦後なんだな」との思いを新たにした覚えがある。日本はまだ貧しかった。

「使わなきゃ損じゃない!」と言っている中年女性は相変わらず多い。そこには「私には使う権利があるんだからたくさん使って何が悪いの?」という表情が見て取れる。いや、別に悪くない。使う必要があるのなら自由に使えばいい。しかし今使う必要がないのに”自分が得するから”と他人のために用意されたものまで持って帰るのはいかがなものかと言っているのだ。以前、スーパーのレジ近くに置いてあるポリ袋のロールから何十枚も引き出してバッグに入れて持ち帰ろうとして店員から「必要な分だけでお願いできますか」と言われ「必要だから取ったんだ!何が悪い!」と逆ギレしているオヤジがいた。どう見てもその場では必要のない途方もない量だった。

がめついというかさもしいというか、カッコ悪いことこの上ない。その上「貰わなきゃ損じゃない?」と言うに至ってはどんな親に躾けられたんだろうと親の顔が見たいほどである。取らなくたって別に損するわけではない。タダで持って帰ってくれば無駄遣いするだけだ。今では”エコの対極にいる人達”だと考えてもあながち間違いではない。今でもスーパーやコンビニのレジ近くに置いてある割り箸やストロー、プラスプーンをゴッソリと持ち帰るオバサンはいる。本当に必要なら買えばいいのだ。それがアタリマエだ。「損をする」のではない。「盗んでいる」だけだ。

ファミレスののテーブルの上にある紙ナプキンをゴッソリと取って自分のバッグに入れているママもいる。「子供はすぐ汚すから家でも必要なのよぉ~」と言い訳をしている。必要なら買って帰ればいいのだ。良識のある人は”みんな”そうしている。良識のない人たちが周囲を不愉快にさせている。そもそも本当に使ってるのか。使う必要があるのかと聞きたくなるほどだ。少なくとも子供の目の前ではやらないほうがいいと思う。子供は親の行動をよく見ている。自分の子供を良識ある人間に育てたいなら自分の行いを見直さなければいけない。

善意で「使ってもいいですよ」と置かれているものを自分のわがままでゴッソリと持ち帰るのは”節約”ではない。”ケチ”なだけだ。少なくとも周囲の人はそう思っている。ケチなばかりに人格まで疑われて損をしている。いや人格は疑われているのではない。救いようのないダメ人間だと見られているのだ。それこそが本当の「損」ではなかろうか。

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