またやらない言い訳ですか?

「それは正論だよ」「正論を言うな!」

よく耳にするセリフだ。正論とは読んで字のごとく”正しい論”だ。正面から向かい合った解決策である。誰だって「それができりゃ苦労しないよ」と思っている。「様々な環境や条件がそれを許さないからできないんじゃないか」と思っているから「今更そんなことを言ってどうなる」という思いで前述の捨て台詞を吐くことになる。

「そうは言ってもねぇ~」と言う人も昔からいた。この場合のニュアンスは前の場合とちょっと異なる。つまり「わかっちゃいるけどやりたくない」のだ。それは手間ばかりかかって割に合わないこともあるし単に面倒くさいからということもある。自分に責任を押し付けられかねないからやりたくないこともある。誰が見ても正しいことはわかりきっているのに”やらない言い訳”ばかりを考えている。多くはやる気に溢れた正義感のある部下に突き上げられた中間管理職のセリフだ。

誰でもできない言い訳を考えるのは得意だ。いくらでも出てくる。論破すれば面倒な作業をやらなくて済むのだから怠け者は全力で”できない訳”を考える。まったくもって非生産的な作業だ。何も生み出さない。そんな時間があるのなら「どうしたらできるようになるかを考えろ」と多くの啓蒙書は言っている。でもほとんどの人はやらない。

行動することは行動しないことに比べて何百倍もエネルギーが必要だ。自分が行動しなかったときにはそのときに非難されるだけだが、行動した結果が仮にうまくいかなかったとすればその責任まで負わされる覚悟も必要だ。

しかし自らが決断して行動したことは必ず誰かが見ている。常に覚悟を持って行動するという習慣はいつか必ず周囲からの信頼という形で実を結ぶに違いない。逆に覚悟もせず行動もしないということは「無気力」「無責任」という評価を免れることはできない。

正論は常に正しい。正しいことを行うことが正義である。

「義を見てせざるは勇なきなり」

という諺が示すように、正しいことだとわかっていても行動しなければ正義ではない。あなたの行動だけがあなたの評価につながる。

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