恐怖の連鎖崩壊

映画のワンシーンを思い浮かべて欲しい。立山連峰の山奥深くに巨大なダムが建設されようとしている。完成間近のダムにはまだ水がたたえられてはいない。川の流れはまだダムの底近くにある送水口から下流へと流れ下っている。
折しも日本列島に近づく巨大なスーパー台風がある。中心付近の気圧は875ha、最大風速は80mにも達し24時間の雨量は2500mmを記録している。その台風が未完成のダムを直撃しようとしている。台風の速度は遅く現地ではこの3日間、断続的に猛烈な雨が降り続いている。川は増水し上流では山崩れが発生しているのか多量の土砂や流木が川を埋め尽くしている。

そして流れてくる岩や土砂、流木がダムの送水口を塞いだ。
意図せずダムは大量に流れ込む水によって水位が上がり始める。それはこの3日間でダムが設計された最大貯水量の85%を超えた。ダムの中央にある放水口はまだ工事が終わっておらずここで放水を始めればダム全体が崩壊する危険すらある。雨は一向に弱まる気配を見せず水位は高まるばかりだ。万事休す…。

その時だった。ダムの最下部に開けられていた送水口に詰まっていた流木や土砂が巨大なダムの水圧に耐えきれずに崩れ始めたのだ。最初はチョロチョロと、次第にジャバジャバと、そしてその時限界を超えたようにドーンと一気に濁流が下流に向かって流れ始めた。もともと巨大な水圧がかかることなど想定していなかった送水口は一挙に崩れだし亀裂はダム全体に広がった。次の瞬間、巨大なダム全体が崩れ落ち、満々とたたえていた水もろとも下流の街に向かって流れ下っていった。

子供の頃、公園の砂場や砂浜で砂の川やダムを作った経験はないだろうか。川岸に築いた堤防は最初の頃は堤防としての役割を果たして水を外に漏らすことはない。しかし調子に乗って流す水の量を増やして1ヶ所でも堤防を超える部分ができると、堤防はそこから一気に崩れ始めて全体が崩壊してしまうことがある。最初はほんの1ヶ所がちょっと崩れただけなのにである。

今年の9月に近畿地方を襲った台風の映像でも1枚の瓦が吹き飛ばされたのをキッカケに屋根全体の瓦が飛び始めてついには屋根そのものがなくなってしまった。ビルの外壁を囲う足場の一部が崩れたかと思ったら足場全体が崩落してしまった。

これはダムや堤防などの土木建築に限らず社会一般でよく見られる現象だ。組織にしろプロジェクトにしろマーケティングにしろ不祥事による事件にしろ、勘所が崩れるとすべてが一気に崩れることがある。

堤防も橋も屋根瓦も積み木も組織も家族も全体が安定してバランスを保つことで強度を保っている。急にその部品の一つが欠けてしまうことで全体のバランスが失われて崩れてしまうことがある。お互いが支え合って全体の強度を出している。

人と人が支え合って全体の形ができている。一人でも欠けるとそこからほころびが広がってしまう。これは「負の連鎖」なのかもしれない。そんな例は他でも見られる。将棋倒し、ドミノ倒し…。それはどれも負の連鎖に似ているということだ。以前にも書いたが物理学でいうエントロピーの法則の一種なのかもしれない。自然の物事は整った状態から崩れた乱雑な状態に向かって変化し、その逆に進むことはない。

支え合うことを考えないで「部分的に壊れても大丈夫」な強度を出すには一つ一つの部品に膨大な経費と手間がかかる上に何100倍もの重さになる。かつてテレビドラマで金八先生が言っていたように「『人』という字は人と人が支え合って出来ているのです」ということなのだろう。

反対に「正の連鎖」というものは少ない。一つのことが上手くいっても次の一手が上手くいくとは限らない。一つが上手く終わっても次も同じように続けていくには努力が必要だ。成功し続けるためには行動することが必要だということなのだと思っている。

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