そうなんですか!

相手が知らないことを教えるのは楽しい。
「絶対に誰にも言っちゃダメだからね」と子供同士が約束した上で友達に”秘密”を打ち明けたときも、その友達しか知らないはずの”秘密”がいつの間にか”公然の秘密”となってクラス中に噂話として蔓延してしまったほろ苦い過去を持つ人も多いのではないだろうか。

学校の先生として生徒に何かを教えるのは別に快楽ではない。なぜなら相手は一般的に自分より知識量が少ないことが明白な上に、何よりもすべての生徒が自ら”それ”を知りたいと渇望しているわけではないからだ。
相手は”知りたい”と思っているが今は知らないこと、それを自分は知っていて相手に教えることができること。そうすることで相手が自分に対して敬意を表したり、自分が相手より優れていると自らが思えることは知識を授ける大きな動機付けになる。”誰かの秘密”はまさにうってつけだ。

”秘密”を聞いた誰かは更にまだ”秘密”を知らない誰かに教えたくなる。昔から言われている。「人の口に戸は立てられない」のだ。

誰かと会話をしているときに「そうですね」と同意の意思を見せることは相手を気持ちよくさせる。人は誰でも否定されることが嫌いだ。内閣総理大臣だって閣僚には「お友だち」を集めたがる。自分を否定されることが少ないからだ。自分の意見にたやすく与(くみ)して賛成してくれれば政府や国会を思い通りに動かすことは簡単だ。その上に、賛成してくれた人にとって”いいこと”が待っているならなおさらだ。

それは相手を気持ちよくさせてこちらの意見にも快く耳を傾けてもらえる効果がある。いつも歯向かって否定ばかりする腹立たしい人の意見を素直に聞ける人は少ない。本来、人の上に立とうという人格者こそそうあるべきだと思うのだが、いつの世も政治の世界はかくのごとく単純である。だからいつまで経っても汚職はなくならない。古代ギリシャ・ローマ時代からの変わらぬ悪習だ。

「おもねる」といえば語弊があるが、相手の気持を忖度(そんたく)して相手が気に入るような会話を続ければ自分が相手の懐に入り込むことは容易だ。だがそれ以上に強力な武器になるのは冒頭でも触れた”相手に教える心地よさ”と組み合わせる方法だ。

「そうなんですか!(知りませんでした)」と相手から教わって自分が大いに得をしたような反応がそれである。
しかし「そうなんですかぁ?」と疑問を投げかけるような受け答えは逆効果だ。相手にしてみれば自分を(あまり信用できない)懐疑的な存在として見られているようで悪く言えば自分の人格を否定されていると思う人すらいるかも知れない。

相手を気持ちよくさせるのはこちらが相手に教えてもらったことに感謝する姿勢だ。同意してもらうことは嬉しいことだが感謝されることに勝る優越感はない。
そして相手は、自分が知っていることを会話の相手が知らなかったんだという優位性を感じられるとともにその知識や情報を”教えてあげた”という「秘密おしゃべり効果」を感じられて気持ちよくなるのだ。

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