タイムマシン

2020年7月、新国立競技場で陸上競技のクライマックス100m決勝のスタートが切られた。それと同時に新国立競技場に据えられた巨大スクリーンから発射された光がある。もちろんそこに映し出されているのは今まさに行われているレースの実況である。
東京オリンピックが行われた2020年。科学の進歩は宇宙をどこまでも駆け抜ける光のビームを発射する巨大スクリーンと光よりも速く飛べるロケットが開発されていた。この開発には東京・羽田にある小さな町工場で開発された部品が使われているのはテレビドラマでも有名な話である。
スクリーンから放たれた光は1秒ほどで地球の衛星・月の横を通り過ぎた。今、その月から大きな望遠鏡を覗けば地球から1秒遅れて100m決勝の様子が見ることができる。

我々はつい最近になって実用化された超光速度ロケットに乗ってスクリーンから放たれた光を追っている。ロケットはどんどん加速して光の速度に達する。傍らを行く光を見ると100mの選手たちが半ばの50m付近を走っているところだった。ロケットを更に加速させながら光を観察すると不思議な事にビデオを逆再生するように選手たちはスタートラインに向かって後ずさりしていくのだ。つまり光を追い抜いてしまったことで我々は更にその前の、簡単に言えば過去の光を見ることになったわけである。

過去の出来事を目の前で見ることが出来る。つまり我々はタイムマシンに乗っているのだ。もちろん目の前にあるのは過去に地球から発射された光が見えているだけだから過去に起こったことを変えることはできない。しかし仮に戦国時代の本能寺の様子が中継されていたとしたら明智光秀が織田信長を討ったその現場が、幕末の京都の旅籠・近江屋の様子が映し出されていたとしたら我々は坂本龍馬を暗殺した真犯人を知ることさえ出来るのだ。

今度はロケットのスピードを落として光の速度よりもゆっくりと飛んでみる。そこに見える光には我々が地球を出発したあとの様子が映っている。ロケットは光の速度の半分のスピードで飛んでいる。だから追い越していく光もゆっくりだ。目の前で動いている映像もスローモーションのようにゆっくりと動いている。
途中でロケットの速度を落とせば我々が地球を出発したあとの様子が見えるというのは常識的にも納得できる。海外旅行に行って向こうでテレビを見れば自分が日本を出発した後の今の様子が見られるのと同じことだ。

しかし残念ながらロケットのスピードをいくら落としても、よしんば逆噴射させて後ろ向きに飛んだとしても残念ながら未来の姿を見ることはできない。それはまだ地球でも起こっていないことなのだから。
思い切り逆噴射して地球に向かってバックしても、最後は今地球で起きている現実を見た直後にロケットは地球に激突して壊れてしまうことだろう。

今の理論では光の速度を超えるロケットはないことになっている。それは技術的な問題ではない。アインシュタイン博士の相対論では光の速度で飛ぶロケットの重さは無限大になる。どんなにエンジンを全開にしてもニュートンの「慣性の法則」によってそれ以上は加速できないのだ。
ところがアインシュタイン博士は最初から光の速度を超える物質のことには言及していない。そんな物質のことを相対論は否定していない。そんな物質でロケットを作ったら本当に過去を遡るタイムマシンが出来るかも知れない。

2年後の暑い東京のオリンピックを想いながらぼんやりとそんな事を考えている。中学生の夏休み、テレビで見たそんな番組のことを思い出す暑い夏の日である。