マザコンという名の依存症

先日、ニュースを見ていたらある殺人事件のことを報じていた。男が自分の妻を殺した後、自分の母親と協力して死体を実家の庭に穴を掘って埋めたのだという。
ボクがビックリしたのは殺人の動機や事件の背景などではない。いい歳した男が人を殺したことを自分の母親に相談して”協力して”埋めた、ということだった。息子の殺人を隠蔽した母親も母親だが、その母親に相談しようと思った男の心理はどんなものだったんだろうか。

子供の頃から思い起こしてもいわゆる「マザコン」の知り合いはボクの周囲には少なかったが全くいなかったわけではない。特に小中学生の頃には何人かはいたように思う。どこに行くにもママが一緒じゃないと嫌がったり1人で留守番ができないやつもいた。そのテの知り合いは仲間内からもバカにされてイジメたりもしていたので自然に疎遠になった。”ママがいないと何にも出来ないヤツ”はいつの時代でも男にとって恥さらし以外の何物でもない。

コンプレックスというと日本では”劣等感”という意味で使われることが多い。毛髪(禿げ)コンプレックス、学歴コンプレックス、容姿コンプレックス、外人コンプレックス、英語コンプレックスなどなど。他人がどう思っていても本人がちょっとでも劣等感を持ってしまうと我慢ならなくなる。ボクはいたって正常な中学高校生活を送っていたので「女にモテたい」という欲求に関しては人並みにコンプレックスを抱いていた。特に学生時代にはなぜか周囲にカッコよくてモテる男が集まってきており、何でオレだけがという感情は常に持っていた。まぁ過ぎたことだ。

かつて民放のドラマに出てくる「冬彦さん」というのが話題になったことがある。あの頃はまだインターネットもなく大げさにいえば日本中が大騒ぎしたドラマだった。残念ながらボクはちょうど仕事三昧の時期だったためほとんど見ることがなかったが、職場では休み時間になると女子社員の間で必ず冬彦さんの話題が出ていたものだった。

冬彦さんは極端なマザコンだった(らしい)。演じるのは俳優の佐野史郎さん、そしてその母親役を演じていたのが昨年亡くなった野際陽子さんだ。今でもテレビのVTRなどで出てくるほどの話題のドラマになった。結局ボクはドラマをほとんど見ていないので(一度だけ10分位は見たような気がする)ストーリーも結末も何もわからないのだが、それでもマザコンといえば”冬彦さん”くらいの知識は持っている。

マザーコンプレックス(マザコン)とは、子どもが母親に対して強い執着心を持っている状態だ。例えば、大人になっても母親に固執して精神的に自立できず、自分の恋人も母親に似ている人を選ぶようになる、などのことだ。事あるごとに母親に電話したり子どものように甘えたりするが本人にはその自覚がない状態などである。何ごとも自分で決められなかったり母親の指示には逆らえなかったりする。乳離れできていない状態だろう。そして特に男性に多いらしい。
先に挙げたようにコンプレックスは日本では”劣等感”という意味に使われることが多いがマザコンは劣等感とは違うように思う。どちらかというと「母親依存」だ。

以前に”依存”について書いた(2018/3/5 依存症という病気)。薬物依存、アルコール依存、スマホ依存、等々。
依存になる原因の多くは、薬物やアルコールなどそれ自体の快楽に溺れてしまうのではないことがわかってきた。それらを摂取することでもっと嫌な感情から抜け出せるということがわかっているからこそ、自分の体が破滅するとわかっていても抜け出せない状態になっている。精神的な苦痛を自分で治療(解決)しようとして薬物やアルコールに溺れてしまうというのだ。

母親依存はなぜ起こるのだろう。全てのことを母親任せにしておけば自分で何かを決めなくてはいけないというプレッシャーから逃れられるからだろうか。しかしすべてを他人(ここでは親族であっても他の個体は他人だ)に決めてもらうということは、人生のすべてを握られているということだ。もっとも何かを決めるということが苦痛だという人にとっては、自分がやりたいことなど何もなく思い通りの人生など考えたこともないのかも知れない。

しかし責任だけは逃れられない。なぜなら決めたのは母親であっても実際に行動したのは自分だからだ。かつてどこかの殺人事件で「悪魔がオレにやらせたのだからオレは無罪だ」と言っていた犯人がいたが、少なくとも日本の社会では通用しないだろう。そして恐らくそれに気づく頃には人生も手遅れになっている。