書けないマーカーばかりになるわけ

会議室でホワイトボードに書き込もうとマーカーを手にするが、手に取るマーカーペンはどれもさっぱり書けないものばかりという経験はないだろうか。挙句の果てには、結局掛けるものが1本もないことが判り、書くことを諦めてしまう。若い同僚には「だからパソコンで映せばいいんですよ」と言われるが、最初の資料はパソコンで作ってもそれを映し出したホワイトボードの上には思いついたアイデアをマーカーで書いていく。修正を加える。説明しているボクはパソコンを操作している若者に思いついたアイデアを説明して書き加えてもらおうとするが彼は理解できない。いやそれをわかってもらうためにホワイトボードに書こうとしているのだ。そもそもパソコンでちまちまとデータを書き加えている間にアイデアは揮発してしまう。
映し出されたパソコン画面の上に書き殴られたマーカーの文字。ホワイトボードをスキャンしてもパソコンのデータを保存しても記録は残らない。最後には仕方なく、全部が分かる状態のホワイトボードを写メ(古っ!)に撮ってあとで清書するというデジタルなのかアナログなのかわからないハイブリッドなやり方がボクは好きだった。

話が逸れた。

ペン置き台から手に取ったマーカーでホワイトボードに何かを書こうとしたとき、既にインクが無くなっていて書けなかった時にあなたはどうするだろうか?
「チッ!」と舌打ちして元あった場所に戻してはいないだろうか。きっとその”書けないマーカー”は次の会議でもきっと他の誰かが手に取り舌打ちをする。少しでも心ある人は新しいマーカーを貰ってきてそれを使い、使い終わったらホワイトボードのペン置き台に置く。さっきの書けなくなったマーカーの置いてあるペン置き台にだ。果たしてペン置き台は書けるマーカーと書けないマーカーがごちゃ混ぜになって溢れ始める。

手に取ったマーカーが書けなくなっていたのにそれを元のペン置台に戻すことに疑問を感じないのだろうか。だってそれは使えない状態のものなのだ。それは捨てるか新しい替芯と交換しなければいけないのだ。そのマーカーが書けない状態ならそれが判るように避けておくべきではないだろうか。ミーティングが終わってから総務部や庶務課のキャビネットに行って新しいものかリフィル(替芯)を貰ってきて交換しなければダメだ。しかしほとんどの人何食わぬ顔では再び”ゴミの山”にそれを戻してしまう。そしてまた誰かが次のミーティングでゴミを掴まされ無駄な時間を使いイライラしてストレスを溜めるのだ。
くだらないことだが、偉そうに業務効率化を唱える人に限って目の前のすぐに誰でもが出来る事ができていない。

分類する、ということは日常の仕事の中でももっとも基本的なことの一つである。分類して整理することで見えなかったものが見えてくる、思いつかなかったことを思いつく、汚かったものがきれいになる、いつまで経っても片付かなかった仕事が終わる。品質管理の基本中の基本は「整理整頓」だ。「5S」という言葉がある。製造現場では誰もが知っている常識とも言える標語だ。もっともこれは小学校の義務教育の中でも一番最初に小学1年生で教わることでもあるのだが。

1.整理
2.整頓
3.清掃
4.清潔
5.躾(しつけ)

のローマ字の頭文字を取った言葉だ。
「整理」してから「整頓」して片付けて「清掃」して綺麗にする。そしてその状態で「清潔」を保ち、それを手順として常に決められたとおりに作業することを習慣づけるわけだ。まずは自分のデスク、自分の作業場の周りにから始めてみればいい。作業効率が一気に何割も向上するはずだ。そしてそれを時々見直してみる。もっといいやり方が見つかるかも知れない。

先のマーカーの話も同じだ。自分が手に取った時に書けなければそれを避けて「整理」しておけばいい。そして書ける状態にしたものだけを「整頓」して置いておく。そうすることを会議室を使う全員に周知してその状態を保つようにルールを作るだけだ。お金など全くかからないとても効果的な改善策になる。
基本的なことから手を付けよう。お金をかけない改善を侮ってはいけない。話はそれからだ。

ホワイトボードのマーカーに限らず、なぜこんな簡単なことなのに実践する人が少ないのだろう。オフィスのシュレッダーはいつもゴミでいっぱいだし社外秘の資料を捨てるコンテナも投入口から書類が溢れている。誰もが「何とかならないのかね」と思いながら他の誰かが何とかしてくれるのを待っている。

次の人のことを考えないからだ。自分が嫌だと思うことは次の人だって嫌なのだ。だから次の人のために自分がちょっと時間を使って片付ければ次の人は気持ちよく使える。ところがほとんどの人は自分の得にならないことはやらない。

それなら自分がやろう。みんなの得になることは自分の得にもなる。みんなが喜ぶ姿を見るのは自分も清々しい。誰もそんな自分がやっていることなど見ていないかも知れないが自分が進んで行動することで僅かだが誰かの心を動かすかも知れない。

あなたがやっていることは実は知らんぷりをしながらもみんなが見ている。