独り立ちしてますか?

アルプスの少女ハイジは、納屋でヤギの子供が生まれ落ちるところを見て、生まれて間もない子供がその場で立ち上がる姿に心を打たれた(ように記憶している)。ゾウやキリンのように自然の中で生きる野生動物はもちろんのこと、馬や牛のような家畜でさえ哺乳類は生まれてすぐに立ち上がるものが多い。
昨年、東京の上野動物園でパンダの赤ちゃんシャンシャンが生まれた。パンダの赤ちゃんは比較的未熟な状態で産み落とされる。生まれた時には歩くどころか匍うこともできないような新生児が、母親の庇護のもと数ヶ月をかけて歩けるようになる。それでも1年ほど経てば独り立ちとはいわないが1人で笹などの餌を食べられるようになる。

一方、人間も生まれた時には全くの無防備で1人で生きることができないのはパンダと同じようなものだが、1年経っても立つことがやっとで歩く姿は頼りない。ようやく母乳を終えて離乳食などで普段の人間の食事に近いものを与え普通の人間の生活に慣れさせていく。5~6年が過ぎても1人で生活することはできず、親などに100%依存している。早ければ15年ほどで独立して生きていくことが出来るようになるが、近年の日本では概ね18年~22年程度で独り立ちすることが多かった。

ボクが実家を出てアパート暮らしを始めたのも20歳だった。江戸時代や明治、戦前の日本では10歳や15歳だったらしい。今ほど快適ではない社会保障も未発達の日本で若くして独り立ちするには今の私たちには想像できない苦労や試練があったのだろうと容易に想像がつく。

最近の子供は高校はもちろんのこと大学や大学院にまで通うので社会に出るのが25~30歳頃である。
以前勤めていた企業に新卒で入社してくるのは半分以上が院卒、つまり大学院出の修士号や博士号を持った人たちだった。高卒で入社してくる子達もいたが、その子達との年の差は10歳近かった。つまり高卒で入社した人が大学院卒で入社してきた人たちと同じ年になる頃には既に10年のキャリアを持った中堅社員になっているということだ。

新入社員は入社してすぐにバリバリと働くことはできない。日本の学校では仕事のことはほとんど教えない。だから新入社員には組織の仕組みや部署ごとの役割、伝票や稟議書の書き方から決済のことなどを教えていかなければならない。それらを曲がりなりにも身につけて”会社の中で独り立ち”するにはここでも1~2年を要する。大学院卒の新入社員が一人で仕事が出来るのはなんと30歳にもなってからだ。それまでは保護者や企業の庇護のもとでそれに頼って生きている。

以前の勤め先の会社の入社式の日、会場近くに「保護者控室」が用意されていた。新入社員といっても25歳前後の大人だ。高卒入社の総務部の女の子の話しによれば、今は新入社員に保護者が付き添って来るというのは普通なのだという。いやはやビックリしたが時代についていけていなかったのはボクの方だったわけだ。

仕事に就いて独立するというのはそれまで自分を守ってくれた「家」に対して「お世話になりました。もう大丈夫です」ということだと思っていたが、聞いてみると新入社員の1人は30歳になってもまだ実家で暮らし、生活費も親のすねを齧っているのだという。「親のスネが太くてよかったね」と嫌味を言ったのだが「先輩、羨ましいんですか?」と返されたのには開いた口が塞がらなかった。
先程の総務部の人から聞いた話だが、その後、彼は新入社員研修の2日目からやって来なくなりそのまま会社を辞めてしまったらしい。理由は「一身上の都合」だということだった。彼のその後は知る由もない。

ボクたちの頃もそうだったが、今は少子化で子供のいない家が多い。都市部ではいても1人か2人である。当然子供の数が少なければ両親や祖父母からの寵愛も深かったのだろう。嫌なことはできるだけ避けて我慢をすることなどほとんどなかったに違いない。その証拠に職場で仕事を頼んでも自分が嫌だと思った仕事はやらない。どうしてやらなかったのかを聞くと「やる意味がないと思ったから」と答える。しかしよく聞いてみると「やる意味がない」と思ったのではなく「やりたくなかった」だけなのだ。

若い頃から周囲に気を使ってもらい、嫌なことは周りの大人が全部やってくれ、我慢をする訓練をしてこなかったのかも知れない。それは彼らだけの責任だけではない。彼らに構いすぎて彼らが嫌がることは大人が全てやってあげて、我慢することの大切さを教えなかった周りの大人にも責任がある。

今の時代は上司や先輩が「我慢しろ」と言うとパワハラになるので誰も怖くて言えない。言えるのは親だけなのだが、その親が甘やかす(そんな事を言うと怒鳴られそうだが)のだから処置なしだ。

親子関係もいろいろだから他人様の家に口出しすることもないのだが、一般論として言えば、生き物としていっちょ前になるのに30年もかかる哺乳類は他にはいない。
もっとも最近では「人生100年」らしいから、独り立ちしてからも人生は70年ある。だからいいのかな。