人を動かす

ボクがコンピュータのプログラミングを始めたのは中学生の時だ。当時はインターネットなどなくプログラミングの本もあまり出版されていなかったし、コンピュータは企業や研究所などで使うものであって個人で持っている人は少なかった。コンピュータといっても今のパソコンのようなものではなく、電化製品の中に入っているようなむき出しのプリント基板に8桁くらいの、当時電卓に使われていたLEDの、数字とアルファベットが表示されるだけのディスプレーが付いた”部品”のような代物だった。

当時のプログラミングは16進数(0~9の数字とA~Fのアルファベットで数字を表現する表現方法)が使われていて、0と1だけでコンピュータを動かすいわゆる”機械語”からは進歩していた。
数少ないコンピュータ(マイコン:個人で所有するのでmy computerと言われていた)の本に載っていたサンプルプログラムをとりあえずは丸写ししてプログラムを動かしてみるところから始めた。昔、初めて外国語に触れた日本人が「何を言っているのかまったくわからない」状態だったのと同じように、電卓のようなキーボードから自分が打ち込んでいるプログラムにどんな意味があるのかさっぱり分からなかった。そして最後までわからないままボクの中学校生活は終わりを告げた。

高校生になった頃、NECが「パソコン」というものを発売した。パソコンがパーソナル・コンピュータという意味だということはすぐに知ったが「パソ」という日本語では珍しい発音が妙に可笑しく感じたものである。発売されたパソコンはPC-8000という名前で当時15万円以上したはずだ。そんな高価なものをしがない高校生が買えるはずもなく、週末になると朝から秋葉原のNECのショールームに入り浸っていじくり回していた。その頃になるとOS(オペレーションシステム)も進化していて”Basic”という英語風のプログラム言語が使えるようになっていた。

学校を出て社会人になって最初に配属されたのはどういうわけか会社のコンピュータ室だった。ここでは”COBOL(コボル)”というプログラミング言語を使ってシステムを作ったりメンテナンスするのが仕事だった。
COBOLはアメリカの国防総省で開発された事務処理用のシステムを作るためのプログラミング言語でコンピュータメーカごとや機種ごとに微妙に文法や単語(命令語)が異なっていた。そして習得するには何年もかかると言われていた。
それを最初から全部勉強していては仕事にならないので、ボクは基本的な知識だけを講習会で身につけてから、既にプロの人によって作られてあったプログラムを真似て新しいプログラムを作り始めた。最初にCOBOLというプログラム言語を知ってから3ヶ月後のことだった。その後も開発は実践で実物のプログラムからすべてを学んだ。それは画家になろうとする者が尊敬する画家の作品を模写するように。

知識というものは「できる!」と思ってやり始めても、いざその場で手を動かそうと思うと何をやったらいいのか、何から始めればいいのかすらわからないことが多い。
だから何もできないと思ってしまう。そして何もやらない。何かをゼロから始めるには、いわんやゼロから作り上げるには果てしなく膨大な時間と労力と天才的な発想と能力が必要だ。誰にでも出来ることではないしボクにだってそんな能力はない。

すべては真似から始まる。新しく自分でゼロから作り出せないのならそっくり真似て同じことをやってみる。そして同じことがひとりで出来るようになるまでやってみる。同じことができたらその理屈を理解する。理屈が自分に理解できたらお手本を似たような形に改造してみる。それが理屈通りに改造してちゃんと動いたら別の改造にチャレンジする。
自分の思い通りのものを設計して作ってみるのは多くの理屈を経験して吸収して理解してからの話だ。

初めてのことを手本もなしに「やれ!」と言われても大抵はできない。まったく手も足も出ないことも多い。たとえそれが本人にとってモチベーションを高く維持できることであったとしても。

人は単に何かに対する意識・意欲を高めても自ら動くことはない。何かを新しく始めるには膨大なエネルギーが必要になるからだ。それがほんの少しのエネルギーだったとしても「面倒くさい」といって始めない人ばかりだ。
人を動かすには具体的な行動を指示しなければいけない。簡単なことに思えることでも最初はまずどうすればいいかを教えなければいけない。教えてもやろうとしなければ指示しなければいけない。命令してもやらなければその人はきっといつまでもやらない人なのだろう。その人とどう付き合うかはそれぞれが考えればいい。

しかしだ、最初はボクもモチベーションを高く保っていたプログラミングにもそのうちに不満が出てくる。今のコンピュータプログラムはWindowsやLinux、UNIXなどのOS上で動くいくつかのプログラミング言語が知られている。そんな言語も所詮は誰かが作った関数を組み合わせて動作させているに過ぎない。パズルゲームみたいなものだ。

ボクがITベンチャー企業に転職したのは、それまで勤めていたホテルで使っていた宴会場予約システムが貧弱で度々ホテルの運営に大問題を起こしていたからだ。どんなシステムがあれば効率的にトラブルを防げるかは分かっていたのでITベンチャーに転職してからはたびたび社長や開発部長に青写真と仕様書を見せて議論していた。しかしそこで組織が動くことはまったくなかった。

自分で設計して開発しようとしたが社長や役員はまったく興味を示さず反対された。もちろんホテルのシステムだけを開発しても大した利益が出ないことは分かっていたので、そこで開発した技術を使って他の業界での課題を広く解決できるロードマップも作ってやり方まで提案したのだが誰も聞く耳を持たなかった。ボクはこの人達と付き合うことを諦めて退職した。

それから10年、Google社はインターネットブラウザ上でそれを実現する技術を開発した。それを目にした時、ボクはあの時の社長や役員を説得できなかった自分を恥じた。Googleでは確かにそれを形にした人たちがいたのだ。
それは恐らくボクの持っていたモチベーションを彼らに伝えられなかったばかりか、具体的な方法を提示する能力がなかったばかりに自分の夢すらも諦めてしまうことになったのだ。

その後、ボクはマーケティングの道へ進むことになる。
目指す方向は違っても、自分がやらせたいことをやらせるにはそのモチベーションを共有することも大事だが、彼らにやることを単に選ばせるだけにしないと動かないということを学んだ。
人は何であれ、他人から言われたことに自分で考えて行動することは、ない。