気が回らない人

昼食を食べようと駅前の定食屋に入った。
店はサラリーマンや学生でほぼ満席だ。案内されたテーブルに着いて午後の打ち合わせの資料を確認していると隣のテーブルに魚の塩焼き定食が運ばれてきたところだった。
隣のテーブルには先輩後輩と思しきサラリーマン風が2人で座っていた。ボクよりも先に店に来ていたので先の料理が出てきたわけだ。しかし出てきた料理は一人分。後輩らしき男の子の分だけである。どうやらもう一人分はもう少し時間がかかるようだ。後輩くんは料理を目の前にして先輩に気兼ねしてか料理に箸もつけずに”オアズケ”の体制になっている。先輩はそれを知ってか知らずかスマホの画面に熱中している。そうしている間に後輩くんの料理は冷めていく。あなたが先輩の立場だったらこんな時にどうするだろう?

以前の職場でも上司部下、先輩後輩でランチに出掛けることはあった。当然料理が出てくるタイミングがズレることもあったが、上司や先輩の分が先に運ばれてきた時には部下や後輩は当然「お先にどうぞ」と促して先に食べ始めてもらうことになる。また部下や後輩に先に運ばれてきたときでも上司や先輩が「先に食えよ」と言ってくれることがほとんどだった。

ところが今、隣のテーブルでは後輩くんが”オアズケ状態”のまま固まっている。ボクはつい気になって隣のテーブルの”先輩風”をチラッと見てみた。すると先輩風は後輩くんに料理が来ているのをチラッと見たが、相変わらずスマホの画面から目を話そうともせず後輩くんに声を掛けることもしない。

この時の二人の心中はいかがなものなのだろうか?いやらしいオヤジの下衆の勘ぐりである。
先輩の立場にたてば、後輩に先に運ばれてきた料理を温かういちに先に食べてもらうことで先輩が被る不利益は、多分ない。自分の食べる分が減るわけでもない。もう一つ考えられるのは”後輩と一緒に食べたい”と思うことだろうか。同時に「いただきます」と言って食べ始めることがアタリマエと思う人なのかも知れない。しかしここは街場の定食屋である。しかも同席しているのは家族でもない職場の後輩だ。また後輩が先に食べ始めたからといって自分が後から一人で食べる寂しさを味わうとも思えない。いやもし仮にそうだとしたら先輩が自分の料理を食べ始める頃には食べずに待っている後輩の料理はすっかり冷めてしまう。
などと思っているところに先輩の料理が運ばれてきた。先輩は「いただきます」と言って料理に箸をつけた。それを見た後輩も「いただきます」と言ってやっと料理を食べ始めた。この間およそ1分。

後輩に先に食べるように声を掛けなかった先輩の”気持ち”はどうだったのだろう。自分より年下で社内での地位も低いんだから先輩の料理が出てくるのを待つのは当然でありマナーだ、と当然のように思われていたのは昭和の頃の話である。あの頃の上司部下、先輩後輩の間には封建制度ともいうべき不文律があった。上司より先に料理に箸をつけるなど考えられなかった。そんなことをすれば即座に出世の道が閉ざされた。
しかし今は平成も30年の世の中である。そんなことをうっかり口に出そうものならパワハラで訴えられかねない。

昭和のあの頃から部下が「上司はエライ」という態度を見せていたのは「上司をリスペクトしている」ということではなく上司に逆らったり尊敬していないような態度を見せると出世できないからだった。中には仕事上でも太刀打ち出来ないほど優れていて心から尊敬できる上司もいたが、そんな人には変なお世辞を言わなくても気持ちが通じ合っていたものだ。

もうひとつは”自分を尊大に見せたい”という行動である。
特に自分が優れているわけではないことを上司や先輩が自覚していれば、部下や後輩が自然に自分に尊敬を寄せることは考えられない。そんな状態で自分の権威を誇示するには意識的に相手を貶めることだ。偉そうな口調で話したり虐めたり無意味な命令をしたりすることで自分の立場を相対的に相手より高くする方法だ。
これは犬の躾などでも使われる。社会性のある動物(群れを作る習性のある動物)が社会や組織の中でボスとしての地位を確立する方法である。もっとも人間以外の動物では実力がないとその地位を追われてしまうので「空威張り」は長くは通用しない。

人間社会でも自分が実力を認めた人には自然に敬意を表する。概してそのような人は「自慢話」や「空威張り」をすることがない。だからこそ尊敬を集められるのかも知れない。
逆に自分に自信のない人や実力がない人ほど「自慢話」ばかりしている。そんな人の周りに好き好んで集まる人がいるだろうか。周囲を顧みることなく自慢話をして威張ることのメリットは自己満足だけだ。そんな人は得てして「心が狭い」「気が配れない」周囲の変化に気づけない「鈍感な人」だと思われてしまう。そして世間からは「使えないヤツ」という評価だけが残ってしまうのだ。

隣の席の”先輩”は自分の料理を食べ終わった途端、後輩に向かって「じゃ行くか」と言って席を立った。