他人のせいにすること

先日テレビでDV(ドメスティックバイオレンス・夫婦間暴力)の特集番組をやっていた。身近でそんな話を聞いたことがないので遠い世界の話なのかと思っていたが意外とそうでもないらしい。具体的にどのような行動がDVに当たるのかという話もやっていたが詳しいところは忘れてしまった。
身近な人に精神的・身体的に暴力を振るうというのはなかなか理解しがたい感情である。昭和の頃なら星飛雄馬の家のように親父が息子に鉄拳制裁をふるいそのトバッチリで姉ちゃんが巻き添えを食うというシチュエーションも考えられなくもなかった。
最もその頃から「夫の暴力に耐えられずに離婚」なんて話も新聞に載っていたから古くからあった問題なのだろう。最近になって注目されるようになってきたというのが正直なところではないだろうか。

最近では夫婦に限らず恋人同士や内縁関係でも起こっているらしい。ひとたび結婚してしまうと離婚するにはそれなりの労力やお金がかかるので簡単ではないのだが、恋人同士が付き合っているだけだったら単に別れてしまえば済むことだろうと思うのだが、どうしていつまでも相手の暴力に付き合わなくてはいけないのかボクにはその辺の事情が理解できないでいる。そしてDVは男性が女性に行うものだとばかり思っていたがその逆の場合もあるらしい。

暴力は一般に腕力の強いものが弱いものを攻撃するものだと思っている。「窮鼠猫を噛む」などというケースもあるだろうがそれはよほど切羽詰まった場合なのだと思っていた。一般に(一般論ばかりですみません)人間界では男性の方が女性よりも粗暴で腕力が強いことが多いと思う。逆のケースというのは粗暴で乱暴な妻に攻撃されているのに反撃できない男ということなのだろうか。

そもそもどうして相手に暴力を振るうのだろう。一般的に(笑)男は女性に比べて口下手だ。口喧嘩になって言い争った時に男が勝てる勝算はほとんどない。口で勝てないから暴力を奮って黙らせるという構図は世界中の国際紛争でもおなじみである。だから北朝鮮も核兵器を手放すことはしない。最後に”一発かます”には腕力が必要だからだ。そもそも世界には”仲良しグループ”という派閥があるだけで”世界の警察”などというものは存在しない。国連は警察じゃないかという人もいるが、それは自分がいる側からしか見ていないからだ。
おっと話が逸れた。

そもそも夫婦や恋人の間でどうして諍いが起きるのか。このあたりになると身近なことなのでボクにも考察ができる(笑)
恐らくは相手に自分が非難されることに対しての反撃なのである。誰だって自分が非難されたら気分が悪い。「アンタが悪い!」と言われれば言い返したくもなる。ダメで頼りにならない夫だのダラシがない妻だのと罵倒されればケンカにもなる。自分に敵対するものに反撃するのは生き物の本能だ。ところが明らかに自分に非があると分かっていても素直に納得して謝れないのは人間の本能だ。それでも攻撃され続ければ口で言い返せないから手がでる。しかも相手が自分より弱ければなおさらだ。

しかし人には大義名分が必要だ。「自分はやりたくなかったが相手が悪いから仕方なく懲らしめた」という理屈だ。これも中世くらいからの歴史の中でもよく見られる。こんな時にDVではこう言うのだそうだ。

「オマエがオレを怒らせるからこういうことになる」

そうか?本当にそんな事を言うのか?それって責任転嫁じゃないのか?

これはイジメ問題で加害者や教師が「被害者にも問題がある」というのとまったく同じだ。「イジメられる方にも問題がある」という理屈と同じである。実際に口には出さないがそう思っている人が多いのだと思う。その証拠に以前の学校教師の職員会議では必ずそんな事を言う教師がいた。流石にこのご時世でそんな事を口に出す教師は少なくなったと思うが、そういう考えを持っている人は教師に限らず少なくないのではないだろうか。そしていつも心の中でそう思っているから別の問題を考えている時に気が緩んで口に出てしまう。

結局のところ、DVに関してはなぜそんな事が起こるのかまったく分からないでいる。だから考えることも全部一般論でしか語れないし何も言えない。
ここまで読ませておいて無責任な結末で申し訳ないがボクには何がなんだかよくわからないんである。こんなカウンセリングを生業にしなくてよかったと思う半面、「謝っちゃえばいいだけなんじゃないの?」というボクなりの簡単な解決法にも自信が持てないボクなのです。