ボクが科学部気象班にいた頃

そろそろ梅雨の時期も近づいているが天気予報で梅雨前線なんていう言葉を聞いたことがあると思う。”前線”とは一番”前の線”である。何の一番前なのか?

”前線基地”などという言葉もあるように軍事用語として使われることが多いが、その場合は戦闘の行われている一番前で敵と接しているところである。
ところが気象用語でいうところの前線での”敵”は自分と温度が著しく違う空気のことだ。つまり温かい南風と冷たい北風がぶつかって押し合いへし合いするところが前線になる。
前線では一般に天気が悪いことが多い。温暖前線が通過すればジメジメと雨が長く続き寒冷前線が通過すれば天気が急変して雷雨や竜巻、ヒョウが降ることもある。温暖前線と寒冷前線が拮抗していればやがて停滞前線になって雨が降り続き梅雨や秋の長雨になる。低気圧の周辺にあった寒冷前線が温暖前線に追いついて合体すると閉塞前線になる。いずれにしても前線の近くは天気が悪い。

ボクは中学生の時、科学部という部活に入っていた。科学部の中には生物班や天文班、化学班、無線班などがあったが、ボクは気象班に所属していた。
気象班に入って最初にやらされるのは「気象通報」の受信と記録だ。ご存じない方もいらっしゃるかも知れないが、かつてはNHKのラジオ第二で1日に4回放送されていた。今では各種データ通信が発達したおかげで1日1回の放送になっている。今のように衛生放送やデータ通信、FAXなどが発達していなかった時代には遠洋の船舶や山岳ではこの放送を聞いて自前で天気図を作成して船の運行を行なったり山行の工程変更をしたりしていた。

「天気図用紙」というものが日本気象協会から販売されていた(たぶん今も売られている)。A3ほどの薄紙が何十枚かの綴りになっていて左側には気象データを書き込む欄がある。右側には日本を中心とした地図が印刷してあった。ラジオから流れてくるのは当然音声だけなのでそれを聞き取ってデータを記録してから自分で天気図を描くわけだ。
放送自体は

「石垣島 南南西の風 風力3 晴れ 気圧1013ミリバール 気温24℃、那覇では北西の風風力2曇り23ミリバール22℃、… 」

とデータが淡々と読み上げられるだけだ。最初の頃はアナウンサーが読み上げるスピードについていけず、当時やっと買ってもらったラジカセでカセットテープに録音して聞き直したりしていた。特に天気は天気記号で書かなければならず快晴、晴れ、曇、雨、にわか雨、雪ていどなら何とかなるのだがウラジオ(ウラジオストク)などの外地では”砂じんあらし”や”地ふぶき”などという聞いたこともない天気名が出てくるので慌てるわけである。
それでも毎日毎日3ヶ月ほども続けていると中学生なりにそれらしい天気図がかけるようになってくるのだから不思議なものだ。

そんな事を続けていると段々と「低気圧の周辺は天気が悪く高気圧になると天気が良くなる」というようなことが分かってくる。
そもそも低気圧とは何かというと”上昇気流”が起こっているところだ。地表から空に向かって空気が上昇していくから地面に近いところは空気が薄くなって気圧が下がる。反対に下降気流になると空から地表に向かって風が吹き付けるので空気が濃くなって気圧が上がる。実は低気圧や高気圧ができる正確なメカニズムはまだ分かっていないのだが、大雑把に言えば地面や海水が太陽に暖められると地面近くの空気も暖められて軽くなって上昇気流が起きるということだ。上昇気流が起きるとそこだけ地面付近の空気が薄くなってしまうので別の場所ではそれを補うように下降気流が発生して高気圧になる。だから地表では高気圧から低気圧に向かって渦状に風が吹く。気象通報で各地の気圧と風の向きを調べればどのあたりに低気圧があるのかが分かる。

低気圧(あくまでも地表近くが)になると地面近くにあった暖かい空気が上昇気流となって空高くに昇っていく。しかし空の高いところでは常に空気は冷たい(熱が宇宙に逃げてしまうから)ので暖かかった空気が急激に冷やされる。するとその空気に含まれていた水分(水蒸気)が気体のままでいられなくなって水滴になる。これが雲だ。だから低気圧になると上空には雲ができる。すなわち天気が悪くなるわけだ。高気圧の時は雲ができないから天気がいいだけである。

では前線はどうだろう。先程もちょっと書いたとおり前線は冷たい空気と暖かい空気が押し合っているところだ。どうして2種類の空気が押し合うことになるのか、実はこのへんのメカニズムも正確には分かっていない。一節には地球の自転が生む偏西風や高層のジェットストリームが関係しているという説もあるが細かいところはまだ研究の途上である。
冷たい空気は暖かい空気よりも密度が高いので重い。暖かい空気と冷たい空気が押しあえば冷たい空気は暖かい空気の下に入り込み暖かい空気を上空に押し上げる。上昇気流と同じような空気の流れができる。暖かい空気は上空に押し上げられて急激に冷やされて雲ができる。だから前線の近くはいつも天気が悪い。

前線には種類があるというお話もした。前線にもそれぞれ特徴があって寒冷前線の場合には前線の後ろ側に雲ができる。つまり急に冷たい風が吹き始めたら寒冷前線が通過した証拠である。前線が通過すると急激に天候が崩れる。雲全体が厚く地表から見ると黒っぽい雲になり激しく雨やヒョウが降るが雲の幅が比較的細いので天気の回復は早い。
逆に温暖前線の場合は前線の前側に雲ができる。雲は灰色で低く幅が広いのでダラダラと雨が降る。前線が通過すると寒冷前線とは反対に生暖かい風に変わり天気は回復する。
寒冷前線は空を見上げると肉眼で見えることがある。黒い雲の縁が空に一直線になって見えたらそれは寒冷前線の可能性がある。

低気圧の下側(南側)には温暖前線と寒冷前線に囲まれた三角地帯ができることが多いが、このエリアは基本的に雲ができにくい条件である。天気が悪いのに一時的に雨が止むことがあるのはそんな場合が多い。
停滞前線はもう説明するまでもないだろう。暖気と冷気が互いに押し合って停滞しているので毎日毎日雨が続く。いわゆる”梅雨”だ。日本では冬から夏、夏から冬の境目にこの状態が起こる。この停滞前線(梅雨前線)が南からの暖かい空気に一気に押し上げられて大陸の方まで行ってしまうと日本列島は梅雨明けだ。

最近は異常気象と言われて今までの基本的な知識と知見では想像できなかったような気象現象も起きるようになっている。以前は「基本的にはこうなるはず」という予想が外れることは少なかったが、今では想定外の災害が頻発している。
これが地球温暖化のせいなのか他にもなにか原因があるのかはわからないが、温暖化の影響がまったくないというわけではないだろう。
ボクたちはこの100年間に地球の環境を壊しすぎた。それが天罰のように我々に返ってきているのだとしたら、もっと謙虚な暮らしを一人ひとりが心がけることが人類が少しでも長く生きながらえるただ一つの道であることに間違いはない。
宇宙船地球号はもうかなり壊れているのだから。