人が行列を作る理由

「行列ができる店」はTV番組にタイトルにもなったりして”繁盛店”や”人気店”の別名のように使われている。ボクは行列するのが嫌いなのでよほどのことがない限り行列に並ぶことはないが、いつも行列ができている店というのも確かにある。
以前、五反田の職場に努めていた頃、近所に”ハンバーグが美味しい”とネットで評判のお店があった。平日休日にかかわらず店の前には常に行列が絶えず毎日繁盛していた。そんなある日、お昼をかなり過ぎた時間に営業先から職場に戻ろうとその店の前を通りかかると、たまたま行列が途切れているところに出くわした。その日はランチを食べ損ねていたこともあって何となくその店に入ってみようかという気になった。

行列はなかったものの食事が済んだ皿やシルバーを片付けるために5分ほど待たされ、店内にすんなりと入ることはできなかった。店内に入ると店員は忙しく動き回り、ほぼ満席のテーブルからは熱気に沸き返るようなハンバーグの湯気と客の「やっぱり美味しいね―!」という感嘆の声が聞こえてくる。こんなにもみんなが称賛するハンバーグはどれほど美味しいのだろうと期待に胸を膨らませた。
店一番の人気メニューというのを注文してしばらく待っていると「オリジナルハンバーグ」がやって来た。外見はやや丸みを帯びているものの特に変わったところもない普通のハンバーグだ。早速ナイフを突き立てると中からいわゆる”肉汁”と呼ばれている液体が流れ出る。テレビのバラエティー番組などのこういう場面では「すっごーい!」という効果音が入るのだが、これはほとんどが挽肉に混ぜ合わされた脂が溶けたものだ。あってもなくてもどうでもいいものだがインスタ映え(当時はインスタもfacebookもなかったが)はするのかも知れない。

結論から言えば普通のファミレスのハンバーグとあまり変わらない脂っぽいハンバーグだった。特に美味しいとも思わなかったが不味いとも思わなかった。でも普段の”あの”行列に1時間も並んで食べるほどのものではないなと思った。いやこれはボクの印象だ。ここのハンバーグが美味しいと思って通い続けている人もいるのだろう。それを否定するわけではない。ただボクは”普通だな”と思ったのだった。
その後もそのお店の行列が絶えることはなかった。ネットの口コミサイトにも称賛する声が引きも切らない。ただボクにはその近所にお気に入りのハンバーグレストランもあったので、二回目にその店の暖簾をくぐることはなかった。

行列ができるということはどういうことか。一度でも店を訪れてその味を”美味しい”と思った人が行列に並ぶのは分からないでもない。ところが最近では行列に並ぶ人はそのほとんどが新規の一見(いちげん)さんだ。聞いてみると行列している人は、以前にその店で食べた誰かの評判を聞いてやって来たのだという。その誰かはほとんどがネットの口コミサイトである。
ボクもたまに口コミサイトを見て店を探すことがある。まったく知らない土地で店を探す時には、街のどこが繁華街なのかもわからないのである程度参考にはなる。その際に口コミも見ることはあるが、実際にその店に行ってみると口コミに書いてあったこととは似ても似つかない店であることが多い。そこで思うのは「やっぱりサクラか」ということだ。

ボクは気に入った店を見つけても口コミサイトに投稿することはない。せっかく見つけた自分の店がネットだけを見て押しかけるお客に踏み荒らされたくないからだ。
彼らにとっては”いい店かどうか”や”美味しい店かどうか”は関係ない。”評判の店”かどうかだけが問題なのだ。せっかくの美味しい料理や気さくなマスターの気遣いなどは目に入らない。”行列のできる評判の有名店”に行ったかどうかだけが問題であり、そんな自分を自慢したいだけなのだ。やがてその店には行列ができるようになり、行列嫌いなボクもその行列に並ばなくてはいけなくなる。そしてその店から足が遠のいてしまうという苦い経験を何度も味わったからだ。

新しい店がオープンする。すると最初は美味しいかどうかわからないが行列ができる。これは興味本位でやって来るお客が大半だ。美味しいかどうかを見極めに来るわけだ。そんな行列は最初のの1~2週間でなくなる。気に入った店ならその後も定期的に足を運ぶがそうでなければもう行くことはない。いい店はそうやって固定客を掴むが行列ができるほどの客はやってこない。行列してまで料理を食べようと思うには”美味しい”以上の強力な動機付けが必要だ。それは誰かに自慢できること、他の誰かに先んじて自分を優位に見せられることである。
美味しいものを食べれば自分は満足できるが他人に自慢することはできない。なぜなら他人はその料理の美味しさを知らないからだ。しかし誰もがなかなか入れない店に入ったことはそれだけで自慢できる。

行列は更なる行列を呼ぶ。”美味しい”などのアドバンテージがない、取り立てて行く価値のない店には行列が不可欠だ。行列が店の評判を”見える化”してくれる。そして行列が料理の味を何倍にも美化してくれる。だから常に行列を絶やしてはいけない。そのために”サクラ”を頼み、経営者自らが”お客”になってまで口コミサイトに評判を書き込むのだ。多少の出費が必要だとしてもこれは店の経営にとって重要な必要経費になる。

しかし本当に美味い店にとって行列は必要ない。なぜなら行列の長さは店の利益には貢献しないからだ。お客が店に入って料理を食べてくれた時に売上が発生する。行列などできなくても入れ代わり立ち代わりお客が入って途切れなければいいのだ。お客にも店にも余計なストレスがかからない。それでも多くの経営者は客が途切れるのを恐れて行列を作りたがるのだ。

しかしその行列はお客に何のメリットも与えない。お客にとってムダに長い行列に並ぶ時間はコストでしかない。そして”美味しいはず”と思い込まされた何でもない料理を食べさせられるのだ。
いやそれもいいだろう。それで他人に自慢できて自分の心が豊かになるというなら、そんな人は長い行列に並べばいいと思う。