人はギャップに驚き感動する

最近感動したこと。奈良に旅行した際、奈良国立博物館に行った。ちょうど春日大社の国宝の展示の特別展が開催されており数々の国宝や重要文化財が展示されていた。もちろんそれはそれで素晴らしいものなのだがボクが一番感動したのは”春日大社の神様は茨城県にある鹿島神宮から鹿に乗って奈良にやって来た”ということだった。
ボクの生まれは関東だが茨城県に住んだことはない。住んだことはないが茨城と神奈川は同じ関東地方で知らない仲ではない。そんな茨城県の神様があの春日大社に転向されていたわけである。春日大社の神様は茨城県出身だったのだ!
春日大社には4人(?)の神様が祀られている。もうひとりの神様も関東の千葉県の出身、香取神宮から転出されたのだという。なんと古都奈良を代表する春日大社には関東地方出身者が2人もいるのだ。
奈良、京都といえば古くから栄えた言ってみれば日本の文化発祥の地である。そこにいる神様が関東出身だということを知った時にはビックリするとともにちょっと意外で嬉しいような感じがした。奈良がちょっと身近に感じられたのだった。

自分が今まで当然だと思っていたことと違うことが起こったり想定外の現実を見たり知ったりした時に人は感動する。奈良でもうひとつ新しく知ったことは「藤原さん」のルーツが大化の改新(乙巳の変・おっしのへん)で一躍有名になった中臣鎌足(なかとみのかまたり)だということだった。彼は中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と共に乙巳の変(645年)の際、皇居で蘇我入鹿(そがのいるか)を暗殺した犯人である。中大兄皇子はその後天皇に即位して天智(てんじ)天皇となる。その際に乙巳の変での鎌足の功績を讃えて”藤原”姓を名乗ることを許され藤原鎌足(ふじわらのかまたり)になったらしい。子供の頃から何人もの藤原くんや藤原さんに出会ったが、その根源(あえてルーツとはいわない)はこの人だったわけだ。
神奈川でもちょっと山の中に入れば所々に野生の藤は自生している。しかし奈良の山ではそこら中が藤だらけだ。なるほどここが藤原さんの本家なんだなと思わせる光景だった。

自分が常識だと思っていたことが覆されると気が動転する。当たり前だと思う気持ちが強いほど驚きは大きい。
手品などもそんな人の心理を利用しているらしい。例えば随分昔の話だが引田天功さんというマジシャンがニューヨークで大規模なマジックショーをやっていた。なんとあの”自由の女神”を消してみせるというのだ。普通に考えれば一人の人間が頑張って押してみたところで巨大な自由の女神像は1ミリだって動くわけがない。それを何百人の観衆の前でパッと消してみせるというのだ。
テレビカメラが何台も入りショーのための巨大なステージや照明が用意される。上空にはヘリコプターが飛びヘリからの中継映像が会場内の大型スクリーンに映し出されている。日が暮れたニューヨークには会場のスポットライトとヘリからの明かりに浮かび上がる自由の女神像だけが浮かび上がっている。

そこにやおら現れたのが引田天功さんその人である。天功さんの後ろには2本の巨大な柱が立っている。その間からこれから消されようとしている自由の女神像がはっきりと見て取れる。さっと片手を振り上げた天功さんの合図で2本の柱の間には巨大な布が掛けられ、背後に見えていた自由の女神像の姿が隠された。相変わらず上空にはヘリが飛んでいる。巨大スクリーンにはまだ自由の女神像が映し出されている。そんな状況が3分も続いた頃だろうか。会場の照明もヘリからの明かりも巨大スクリーンも一斉に消えた。そう一瞬だ。再び明かりがついた時、ステージ上の布がサッと取り払われる。するとそこにあったはずの女神像が一瞬で消え去っていたのだ。巨大スクリーンには台座だけが残された女神像の跡だけが映し出されている。そして観客の大歓声と拍手。

動くはずのないものが一瞬で消える。はずがない、そんなはずがないと思い込んでいる人には周りが見えなくなる。あんな大きな物が一瞬で消えることなどありえないと思っている人ほど感動する。
もちろんこのマジックにだってタネはある。自由の女神を一人の人間が一瞬で消すことなどできるわけがない(笑)
つまりは観客や巨大な柱が立っているステージごと観客が気づかないようなゆっくりとしたスピードで回転させていたわけだ。つまり観客は布を掛ける前と後で別の景色を見せられていたわけである。そのためにわざわざ巨大な円形ステージを作り日が暮れてからヘリを飛ばしてニセの映像を巨大スクリーンに投影し、観客に大いなる錯覚を起こさせるべく準備したということである。

そんなに巨大なイリュージョンでなくてもいい。右手に平に持っていたはずのコインが煙のように消え、客席のお客さんの胸ポケットから出てくるのでも構わない。あるはずがない、そんなのは常識だと思い込んでいるほど結果が予想と異なった時の驚きは大きいのだ。だからテレビのクイズ番組でも答えは大抵”一番ありそうもない”ことではないか。
最近ではどのクイズ番組を見ても誰もがそんな事を考えて「クイズ的には…」と非常識と思われる答えを選んでいるように見える。確かに正解を求めるためのテクニックとしては正しいんだと思うが…。

たまには素直に騙されて驚いてみる経験をしてみたいと思うのはボクだけだろうか。いや、騙されてもいいやと思って騙されるのではなく、心から信じ切っていた常識が覆される驚きを味わってみたいと思って新しい旅に出かけるのは本当にワクワクするのだ。