混沌から生まれるもの

「出ねぇ~、何も出ねぇ~」
未就学児童が大好きな”ウンコ”の話ではない。アイデアがである。出ないときは何も出ない。考えても出ない。悩んでも出ない。踏ん張っても出ない。頑張っても出ない。何をしても出ない時は出ない。
ところが不意に閃くことがある。寝る前のひとときにポンッと出ることがある。お風呂の中でポンッと出るときもある。湯船に浸かっているときとは限らない。それは決まって何も考えていないときだ。それは気まぐれで突然だ。でも思いついた途端に揮発していく。蒸発して消えた後には何も残っていない。

何かを一生懸命考えている時は、そのことについていろいろな可能性だったりやり方だったりダンドリだったりに思いを巡らせている。そのことだけで頭が一杯になっている。そのことだけで頭の中が煮詰まっている。他のことを考える余裕がない。

最近は、いくら考えても先に進めない時にはあえて別のことをするようにしている。料理をすることもある。でも料理はダメだ。今度は料理のことで頭が一杯になって料理のことしか考えられなくなる。
散歩に出かけることがある。公園がいい。遠くにちょっと人がいるところが良い。誰もいないところは刺激がなさすぎる。ちょっと遠くで子供が遊んでいたりするといい。子供の行動には脈略がない。子供の遊びには常識というこだわりがない。大人だったら「くだらない」と思ってやらないことを飽きることなく続けている。「なぜ子供はそれをやるんだろう」などとは考えないようにしている。たぶんやりたいからやっているだけなのだ。かと思うとあれほど熱心に遊んでいたことを急にやめて別のところへ走り出したりする。たぶん走りたくなったから走っただけなのだ。

そんな時に全然関係ないことがポコンと浮かんできたりする。そのことについて考えているときではない。全く関係もないことが急に頭に浮かぶことがある。
心の中の、自分でも何だかわからない考えが入り混じった混沌の池に、ふと差し込んだ剣から一滴(ひとしずく)が垂れる。それがアイデアだと思う。何が混じった池なのか、何の雫が垂れるのか全くわからない。ほんの僅かなものだが、それが必ずしも素晴らしいものとは限らない。哀しいことだがほとんどが取るに足らないつまらないものだったりする。

ボタボタとくだらないアイデアがダダ漏れ状態で流れ続けることもある。しかしそんなくだらないと思っていたアイデアが時として急に輝き始めるときもある。何かをきっかけにして違う何かに変わっていくこともある。そんな時にはアイデアが自分の思いつかなかった予想もしない方向に流れていく。人生ってそんなものかもしれない。

ボクはいろいろなことを同時並行で考えられるゆとりを持つことが今の理想だ。同時にいろいろなことを考えている中で、それとは全く違うことを思いつくかもしれないし思い付ける余裕を持ちたいと思っている。そして何も考えないまっさらな精神状態を持つ心の余裕を大切にしたいと思っている。