すぐやる課

何かの用があってキャビネットの前まで行ったところで「はて?何をしに来たんだっけ?」と思うことはないだろうか。ボケが始まったかな?と思うこともあるが割とボクは割と子供の頃から覚えがある。子供の頃からボケていたのかもしれないが今回はそれが本題ではない。
いつかはやらなければいけない仕事があってもそんなに急がないことだと「今かぁ、ちょっと手も離せないし面倒くさいなぁ」と思うことは誰にでもある。特に何か別のことを仕掛かっているときにはなおさらだ。先日「一気にやるといいこと、悪いこと」でも書いたが、簡単にできて短時間で終わる作業も、自分がまとめてやるときになって飽きるほどに貯め込むと苦労する。

仕事中、トイレに行こうと思って席を立つ。途中でキャビネットの前を通りかかったときにキャビネットの扉がきちんと閉まっていないことに気付いた。扉を閉めようと近づくと、棚の中がグチャグチャに散らかっているのがチラッと見えた。その時、あなたならどうするだろうか。
たぶんあなたが今、キャビネットの中を軽く片付けたとしても”トイレに行く”という用事は忘れないはずだ。なぜならそのトイレ用件が終わるまでは「トイレに行きたい!」と思う熱い情熱が冷めてしまうことがないからだ。
一方でキャビネットに”ホチキスの針を取りに行く”などという用件の場合にはふとした拍子に失念することがよくある。古典落語でも、物忘れの激しい丁稚にお使いを頼む時に「お前は忘れっぽいから手紙を届ける相手の名前を忘れるといけない。相手は平林さんだよ。相手のところに着くまでずっとヒラバヤシって繰り返して口に出していくといい」と言われて出掛けたものの、途中で大きな水たまりを飛び越えるときに「どっこいしょ」と言った途端にヒラバヤシがドッコイショに替わってしまったという噺もあった。
とかく切羽詰った事態でないことに関してはすぐに忘れてしまう。

切羽詰まっていない簡単な用件だと、あとになってその場所にもう一度戻ってわざわざ”やる”というのも面倒くさくなってしまう。通りすがりにちょっと立ち止まってそれをやるだけなら1、2秒も掛からないことでも、わざわざ席を立ってそれだけをやろうとすれば1、2分掛かってしまうことも普通だ。
通りがかったついでにサッとやっておけば数秒で終わるなら、ちょっと立ち止まって済ませておくほうがいい。後になればなるほど面倒くさくなる。今やろうと思っている用件に着手するのがほんの数秒遅くなったとしても、それがどれだけの不利益をもたらすのだろうと考えてみればいい。不利益などないのだ。

「思い立ったが吉日」とは昔からよく言われてきた。昔の人も、思い立ったときにパッと済ませてしまうことが最終的に効率よく物事を終わらせるコツだということを知っていたのかもしれない。面倒くさいことは時間が経てば経つほどもっと面倒くさくなる。やらなければいけないことならできるだけ先延ばしにしないほうがいい。あとでその場に戻ってわざわざやるほうがもっと面倒くさくなる。それにそのことを忘れて失敗する。

通りかかった時、問題があることに気づいているのにやらない人はいつも「誰かがやるだろう」と思っている。誰かがやらなければいけないなら自分がやればいい。「オレじゃない誰かがやるさ」と考える人は常に他人に頼らないと生きていけない人だ。そんな人が大成することはない。