ギョーカイ用語

「ゴーチョーでさ」といきなり言われた。ゴーチョー?デカチョーってのは昔の刑事ドラマで聞いたことがあるが、いきなりゴーチョー。それ、日本語?
よくよく話を聞いてみると「合同庁舎」の略だとわかった。いやいや普通の人は合同庁舎をゴーチョーとは言わないでしょ、と思ったがこの”普通”が難しいのである。
最近ではあちこちで聞かれるようになったがコンピュータのプログラミング業界ではプログラムの瑕疵を「バグ」という。bug、英語で”虫”のことだがコンピュータプログラムを作ったときにほとんど間違いなく発生する不具合をギョーカイでは”バグ”と呼んでいる。なにもギョーカイ用語は”ギロッポン(六本木)”やブシャブシャ(しゃぶしゃぶ)”、”ルービー(ビール)”ばかりではない。

いつの頃からかテレビギョーカイで使われる隠語をギョーカイ用語というようになった。これは元々バンドマンたちが使っていたバンド用語から来ている。基本的な用法は”転倒”だ。単語を後ろから読む。ピアノならヤノピ、ラッパならパツラになる。タレントのタモリさんも本名の森田からそう呼ばれるようになったというのは有名だ。ここで注意が必要なのだが、ラッパのように小さな”ッ”が入る時には”パッラ”ではなく”ッ”を大きく発音して”パツラ”となるところである。また数字にも呼び方がある。日本ではドレミの音階(元はイタリア語)だが英語ではcde(シー・ディー・イー)である。だが音楽業界では一般には英語読みはせずドイツ語読みになる。つまりcdeはツェー・デー・エーである。ボクらが子供の頃はドイツ車のBMWもベー・エム・ヴェー、略してベンベーと呼んでいた。
どうしてaではなくcから始まるのかはここでは説明をしないので興味のある方は調べていただきたい。参考までにaはラの音だ。オーケストラの楽器をチューニングする時の基準音である。
バンド用語ではこれを数字に当てはめる。つまり1はツェー、2はデー、3はエーだ。1からcdefgahがいわゆるドレミファソラシに適合する。ちなみに(音楽)ギョーカイではシの音はh(ハー)になる。べーというとB♭のことだ。ハーの半音低い音がベーになる。そんなことはどうでもいい。
バンドマン同士がギャラが安いと愚痴を言うのにも、大きな声でスポンサーに聞こえたら具合が悪い。だから「昨日なんてゲーセンだぜ」なんて言う。ゲーセンは五千円のことだ。千だけセンなのはご愛嬌である。「先週なんてオリ5つもあってエーマン(3万円)だったから良かった」というように使うわけだ。オリは降り番のことで自分のパートが休みなので演奏しなくてもいい曲のことだ。

なんだかんだとローカルルールもあって細かいことはよくわからないが、要するにバンドマン同士だけに通じる隠語である。
デパートの従業員にもこうした隠語はある。高島屋では食事休憩のことを「有久(ありきゅう)」、トイレ休憩のことを「仁久(じんきゅう)」と言っていた。詳しい意味はよく分からない。ボクらは学生の頃、トイレに行くことを「横浜タイム」と言っていた。横浜の市外局番は045である。オシッコのことだ。
かくして隠語は仲間内だけに通用する言葉である。逆に言えば部外者に通じないことが大切だったわけだ。ところがいつの間にか隠語は”通(つう)”であることの証のように勘違いされ”粋(いき)”な人は隠語を使いこなすというように思われているフシがある。だから寿司屋に行っても醤油を”ムラサキ”と言いお茶を”アガリ”、会計を”オアイソ”という人は多い。
だが見方によってはマヌケである。それは店の店員同士の符丁なのだからお客が使う言葉ではない。「お勘定をお願いします」と客が言ったのを店員が受けて「おあいそー!」と言うのを聞くほうが粋だと思うのはボクだけだろうか。

逆に相手に対して”自分の味方”や”同類”感を出したいときに隠語や符丁を使うことがある。「俺達は仲間だ」ということを示すために他の人にわからないギョーカイ用語や専門用語を使うのである。ただその場合は、度が過ぎると、その場にいて言葉の意味がわからない人を”のけ者”にすることになるので気をつけなければいけない。

わかりにくい言葉を使って話すことを崇高だと思っている人がいる。恐らくは自分を”通者”であり”粋者”であることを自慢したいがためなのだろう。昭和の時代には流行ったものだが平成が30年を迎えた今になってもそんな風習が残っているのはある意味面白いことだと思う。
しかしそれもやり過ぎれば、普通の人に通じるわけがない言葉ばかりを使うことで自分に対する反感を強めてしまうことに思いを至らせたほうがいいと思う。誰にでもわかる言葉を使うことが自分の優しさと常識を示す武器になることもあるのだということは覚えておきたいと思う。

かつて、尊敬する劇作家の井上ひさしさんがこんな言葉を残している。

難しいことをやさしく
やさしいことを深く
深いことを面白く
面白いことを真面目に
真面目なことを愉快に
そして愉快なことはあくまで愉快に

わかりにくいことをわかりやすく語ることは、中途半端な知ったかぶりではできない。