思い込み

家の近くにはチョコレート工場があるので、冬になって工場の方から北風が吹くとカカオの甘い香りが漂ってくる。カカオの香りはチョコレートを思い出させる。だからカカオは甘いと思っている人もいる。でもカカオは苦い。
子供の頃、台所の隅でバニラエッセンスの小瓶を見つけた。蓋を取ってみるととても甘い匂いがした。試しにスプーンに垂らして口に入れた。猛烈で強烈な刺激だった。バニラエッセンスは甘くなんてなかった。周囲の人に尋ねてみると、子供の頃にそうやって痛い思いをした人は少なくなかった。
チョコレートは砂糖を入れているから甘いのだ。経験上、カカオの香りとチョコレートの甘さが繋がっているからカカオの香りを甘い匂いだと思うし、アイスクリームやケーキの甘さを想像してバニラは甘いと思いこむ。これは先入観といってもいいと思う。

■レモンラーメン
先入観にとらわれていることはいっぱいある。
広島に出張した友達から「レモンラーメン」のお土産を貰った。レモンには柑橘系の酸っぱいイメージとレモンキャンディーなどの甘酸っぱい両方のイメージがある。パッケージには、ラーメンスープの上にレモンの輪切りが浮かんだ調理例の写真が載っている。さすがにこれだけではレモンラーメンの味は想像できなかった。ある種のゲテモノを食べる覚悟でレモンラーメンを作り、レモンの輪切りを乗せてみた。ひとくち食べてビックリした。「美味いっ!」
なぜ今までレモンラーメンが全国で食べられていないのか不思議なくらい美味しかった。先日、しまなみ海道を旅行したときにはわざわざ探してレモンラーメンを食べた。広島といえば全国的には尾道ラーメンが有名だが、ボクの中では広島といえばレモンラーメンである。

■トマトラーメン
あるとき、沖縄に住む友人からトマトラーメンというものが送られてきたことがある。沖縄のそばといえば沖縄そばだ。沖縄には毎年足を運んでいるので沖縄そばも何度か食べたことはある。そういえばその友人から沖縄そばが送られてきたこともあった。しかしその時にはトマトラーメンだった。沖縄ではトマトラーメンも有名なのかと思っていたら、探せばあちこちにあるらしく沖縄の食べ物というわけでもなさそうだった。
こちらもパッケージの調理例の写真を見ると、真っ赤なトマトジュースの中に入ったラーメンの絵柄が載っており、あまり美味しそうに見えない。とりあえずゲテモノを食べる覚悟でトマトラーメンを作って食べてみた。「美味いっ!」トマトジュースのイメージは一瞬で吹き飛んだ。コクのあるスープの旨味が口いっぱいに広がった。どうしてもっとトマトラーメンが広がらないのか不思議なくらいだ。

■琵琶湖名物「鮒ずし」
あるとき、滋賀県に住む友人が名物の「鮒ずし」を送ってくれた。随分と高級な食べ物でお値段もかなりお高いらしい。恭しく蓋を開けて匂いを嗅いでみた。酸っぱい匂いがした。ご存知のかたも多いと思うが鮒ずしはなれ寿司の一種で、びわ湖で獲れるニゴロブナを米と一緒に漬け込み発酵させた食品である。お高いと聞いていたのでさぞ美味しいものなのだろうと思って一切れ口に入れてみた。「うげっ、不味い!」
いや、滋賀県民と鮒ずしの名誉のために言っておくが、これは琵琶湖のせいでも鮒ずしのせいでもない。ボクの好みと相容れないのだ。
ボクは好き嫌いがほとんどない。しかし鮒ずしだけはもう食べようと思わない。

食べ物に限らず先入観だけで判断して手を付けたことのないものも多い。でも自分の知っている世界などほんのごく狭いものだ。経験するチャンスがあればとりあえずやってみるのがボクの信条だ。やってみて自分に向かなければそれまでだ。だが思いもよらぬ掘り出し物が見つかるかも知れない。これからも第二、第三のレモンラーメンを探して歩き、いや食べ続けたいと思っている。