何がしたいのですか?

うちの近所の大通りにある歩道は幅が狭く、歩行者でもすれ違うのがやっとなので自転車は通行禁止である(押して歩くのはOK)。なので乗ったまま通りたい人は車道を走ることになるが、それが本来の姿なので何ら問題はない。ところがその先にある信号機付きの交差点で左折する自転車は、車道を走っているのに信号無視をして交差点に進入する人がほとんどで、横断歩道を渡る歩行者とぶつかったり交差点の左から出てくる自動車とぶつかったりして交通事故が絶えない。交差点の名前は「警察署入口」。文字通り平塚警察署が近くにあるのだが警察官は見て無ぬふりを決め込んでいて取り締まりや交通整理をしているところを見たことはない。
いや、今回は警察官の怠慢を非難する話ではない。この話はまた改めてすることにしよう。

今日、この歩道を歩いていたら車道を通る1台の自転車があった。ほとんどの自転車は信号など守らないのだが、今日の自転車に乗った老年男性は停止線で止まって青信号になるのを待っていた。信号が青に変わると自転車は発信し、自転車に乗っていた男性は左手を水平に上げて左折する意志を後続の車に知らせた上で安全を確認しながら左折していった。こんなに優雅な運転をする自転車を初めて見たのでとても感動した。

皆さんは自転車のハンドサインをご存知だろうか?ボクは子供の頃、実家の近所にあった「交通公園」という施設でよく遊んでいたので、指導員のおじいさん(失礼!)にみっちり仕込まれた。左折する時は左手を水平に上げ、または左手が離せなければ右手を上げて肘を90度に曲げて周囲に左折する意志を示さなければならない。しかしその後、大人になっても交通公園以外でそのルールを守っている人を見たことは殆どない。それをやらなければ道路交通法で5万円以下の罰金と決められているにも関わらずである。しかもそれは「忘れていた」という理由でも免除されることはない。
いや、今回は自転車の法律違反を非難する話ではない。この話はまた改めてすることにしよう。

何をしようとしているのかわからない人がいる。ウロウロ悩んでそうな人がいる。立ち止まったまま動かない人がいる。「どうしたのかな?」と思うが声をかけるのも迷惑かなと思い少し離れて見ている。どうにもこうにも不自然なので「どうかしましたか?」と声を掛けてみる。

「えーっと・・・」
「どこかに行くんですか?」
「市役所はどこにありますか?」
「あぁ、市役所なら次の路地を右に曲がったところです」

市役所に行きたかっただけなのだ。知っていれば簡単なことだ。たまたま知らなかったから困っていただけなのだ。

自分がやりたい事、やろうと思っていることを周囲がわからないからお互いが助け合えない。自分がやりたいこと、やろうと思っていることを周囲に伝えようとしないから周囲とぶつかる。高校生も自転車で急に車道を横切って右折するから車にはねられる。年端のいかない子供は意思表示する前に行動する。考える前に身体が動いてしまう。だからすぐに何かにぶつかる。
そんな子供ならまだしも、自分がやろうとしていることを意思表示することってそんなに大変なことですか?

海の上では船が走っている。船にウインカーはない。だから何かをしようとするときには自分から大げさな動作をして自分がやろうとしていることを周りに知らせる。他の船が対向してきたら大げさに右に避けて「自分はあなたの船の左舷を通りますよ」と意思表示する。こっちを見ていなければ警笛を鳴らして「こっちを見なさい」と意思表示をする。

最近は道を歩いていても、みんなスマホばかりを見ていて何をしようとしているのかサッパリわからない。ネットの向こうの遠くの人より、すぐ近くにいてあなたにぶつかりそうになっている向こうから歩いてくる人に「自分がやろうとしていること」を示して意志の疎通を測ることの方が緊急にやるべきことなんじゃないかなと思う。
意思表示が出来ないのは年端のいかない子供と同じで、精神的に未熟なためかもしれない。